ある日、コンビニでお高めのスイーツが目に留まり、思わず購入。
夫に「仕事の息抜きにちょっとお高いコンビニスイーツを買った」とLINEしました。
すると…、夫から「自分へのご褒美だね!」と返信が。
その「自分へのご褒美」という言葉に、ものすごい違和感を感じました。
というのも、そのスイーツはご褒美のつもりで買ったものでは全くなかったから。
現在、3歳と1歳半の年子を育児中。
夫は残業が多く、不在がちで、基本ワンオペ育児をしながら在宅ワークをこなしている私。
お高めのスイーツは、日々の育児や仕事のストレスを解消するために、つい衝動買いしたものでした。
振り返ってみると「自分へのご褒美」なんて、もうずっと買ってない…。
むしろ「自分にご褒美をあげる」ことに驚くほど抵抗感があります。
そこで「ご褒美という言葉には違和感があるよ…」と正直に返した私。
すると夫から思ってもみなかった言葉が返ってきました。
「なんで?いつもすごく頑張ってるじゃん、育児も、家のことも、仕事も。」と。
私は夫からの意外な言葉に一瞬固まってしまうくらい驚いてしまいました。
だって、育児も仕事も思うようにならないことばかり。
笑顔のママでいたくても、なかなかそうはいきません。
「子どもの自己肯定感を伸ばしたい!」と思っていても、ついつい口うるさく叱ってしまう。
工夫したつもりの離乳食は食べてくれなくて、捨ててばかり。
早く寝かせたいのに、まったく寝ようとせず遊びたがる子どもにイライラして口調がキツくなる。
さらに長男を出産後、復帰した仕事も中途半端。
子どものお熱や体調不良で呼び出しがあるたびに早退し、さらには子どもの風邪がうつり、今度は自分が早退。
滞った仕事を、他の人に助けてもらってなんとかこなす。
そんな日々のなか。
「育児を頑張ったから…」
とか
「仕事を頑張ったから…」
とか
胸を張って言えない自分がいました。
さらに夫からのLINEにはこんな言葉がありました。
「たまには何か自分の好きな物や欲しいものを買わないと」
「いつも子どものものばかり買ってるでしょ」
…ここでさらに気付いたのは、「自分が欲しいものが何なのかサッパリわからない」ということ。
子どもがいない時は、何かと理由をつけては「自分へのご褒美!」と洋服やアクセサリーを買っていた私。
でも子どもが産まれてからは、パタリとなくなりました。
育児に追われ、子どもが最優先の日々の中で、身に着けるものもどんどん変わります。
服は洗えて汚れが目立ちにくく、授乳しやすいものに。
靴は走れるようにヒール無し。
子どもの荷物が増えるから、毎日大容量のバッグ。
モノを選ぶ基準が「自分が欲しいもの」では無くなり「子育てに便利な物」に変化していく日々。
もちろん、自分が欲しいと思えるご褒美なんて、いつの間にか一体何なのかもわからなくなっていました。
実は、最初に夫にLINEをもらった時、夫に対して怒りも湧きました。
「あなたが出張ばかりだから、仕事とワンオペでこんなにストレスが溜まってるのに…!」何をのん気にご褒美なんて!と思ったのです。
「自分へのご褒美」と「ストレス解消」では、同じスイーツを買うのでも、心持ちが全く違います。
「ご褒美」のイメージは、何か成功したこと・やり遂げたことに対して受け取れる「ハッピーで嬉しいもの」。
でも、「ストレス解消」はイライラや疲れから逃れ、「少しでも楽になりたい!」という気持ちからの行動。
私にとってそのスイーツはまさに、マイナスになっている心のメーターをゼロに近づけるための道具でした。
そもそも「自分へのご褒美」の意味を調べてみると
「苦難を乗り越えた自分の努力や苦労を、自らねぎらう意味を込めて、普段は控えている出費を許容すること。贅沢を頑張りの成果として解禁すること」とされています。
たしかにコンビニスイーツは、普段の私には、ちょっと贅沢品。
私のことを「すごく頑張ってる」と感じてくれている夫からしたら、私が自分へのご褒美に好きなものを買ったのだと考えるのも自然な流れなのかもと、納得できました。
「うまくいかないなぁ」と思ってばかりの日々。
たしかに、育児も仕事も100%満足のいく状態ではありません。
でも、自分ができる範囲のことは精いっぱいやっている。
ワンオペなのも、子どもの体調不良も、自分の力ではどうしようもないことです。
そんな中で、子ども達にちゃんと服を着せ、食事させ、お風呂に入れ、お布団で寝かしている。
「うん、よくやってるよ!わたし!」
そう思えたら、ちょっと肩の荷が軽くなった気がしました。
私はいつの間にか、自分で「ご褒美」へのハードルを上げてしまっていたようです。
せっかくのお高いコンビニスイーツも、「ストレス解消」ではなく「ご褒美」で食べた方がきっと美味しいはず!
次にコンビニスイーツを買う時は、子ども達も一緒に、笑顔で食べたい!と思っています。