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公開 2015年07月21日  

甘えられないママパパたちへ 〜産後うつとパニック障害になった私の体験談〜

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頑張りすぎているママパパへ。頑張り屋の私は産後うつになり、限界を超えた日にパニック発作が起きてしまいました。パニック障害は誰でも発症する可能性のある病気。体験談を語ります。


産後うつのはじまり

出産後、頑固者の私は、里帰りもせずに義理の母に来てもらい産後の面倒を見てもらうことにしました。1ヶ月だけいてもらい、あとは自分の力で子育てをしていきたいとも考えていました。義理の母、そして自分の母ともに遠くに住んでおり、近所に頼れる存在は無し。それでも甘えるのを断固拒否していた私。それが悲劇のはじまりだったのかなと思います。



そもそも私は、産後2時間ごとに起きて授乳をする生活が来るとは知らずに出産をしました。そのせいか、産後すぐに体調に変化が…。



まず、すごくイライラする。出産してすぐのせいかものすごく気が立っており、夫の顔すら見たくない、入院最終日には別れたいと言う始末。お見舞いに来られても寝たいから早く帰ってほしい気持ちでいっぱい。入院中の病室の人とも極力話をしたくない!と内向きで真っ暗な気持ちになっていました。そして泣きわめく生まれたてのわが子を可愛いと思えない時もありました。

家族に当たり散らす産後1か月

産後の1ヶ月は本当に最悪。



私の機嫌は毎日悪く、退院後は部屋にこもり子どもと一緒に必死に寝るだけ。義理の母に来てもらっているのに会話をするのも嫌だと避けてしまい、子どもを触られるのも嫌だと思ってしまう日々。1ヶ月もしないうちに「帰ってほしいと伝えて」と夫に言ってもらいました。



そんな最低な私にも、優しい義理の母。「無理しないで頼るのよ」とギュッと抱きしめてくれたときは涙があふれました。本当にごめんなさいという気持ちが一瞬湧き出たのに、急に冷めてしまう自分もいました。



夫が仕事中は子どもと2人きり。誰とも会話をしない日々に絶望感を味わったり、仕事人間だった自分は育児休暇を取ったことで、仕事のスキルが落ちるのではないかと不安にかられたり。そして、帰宅した夫が子どもに関心なさそうだと突然怒り狂って部屋にこもる。子どもを抱っこしている時も夫に「別れたい!」とわめき散らし、胸の中で眠る我が子がかわいそうだと思っても、攻撃的な発言をやめられませんでした。



とにかく毎日酷くイライラ。目もどんどん攻撃的になり、人相が変わってしまいました。最終的には家族全員を巻き込んで「離婚する!」と大喧嘩。子どもは自分で育てる!と周りのことも考えず言ってばかりで、もう誰にも止められない状態になっていました。



今思えば、これが「産後うつ」状態だったと思います。この時は病院にも行かず、区役所の人に相談するだけでしたが、本当に毎日の行動がおかしかったと思います。そして自分が「産後うつ」だと言っても、周りに「あんたのはうつじゃない」と言われ助けてもらえなかったのも、悪化原因の一つかもしれません。



それでも家族を全員巻き込んだことで冷静になり、夫とも仲直り。義理の両親にも謝罪をして、なんとか子どもも1歳まで成長していきました。

そして育児休暇が明けて、仕事復帰

子どもが1歳になり、育児休暇を切り上げて仕事復帰。保育園は隣駅で、さらに駅から徒歩10分の場所に入園。私は1時間かけて通勤。そんな日々を続けていたら、職場復帰1週間で骨盤内腹膜炎を発症。あまりの痛みに1週間の自宅安静と抗生物質を飲まないといけなくなり、強制的に断乳となりました。



その後、とりあえず完治して仕事復帰。しかし年末の出勤最終日、さらなる悲劇に襲われました。

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セカンドオピニオンが「パニック障害」と診断

年末、初めての動悸を発症。



正月の間は何度も何度も発作が起きて夜眠るのが怖くなり、ガタガタ震えてしまったり、出かけることも怖くなり、食べる気力すらなくなり…どんどん痩せてしまいました。正月明けにやっと行けた精神科では特に診断結果を告げられず、発作を抑える薬を飲むようになりました。



しかし半年通い続けても何も回復している感じがせず、毎日気分はうつ状態。職場でも目標を抱えさせられて「育児しているからって、他のメンバーと評価は同様だ」と言われ、時短勤務の時間内でも良いパフォーマンスをしようと必死に仕事をしました。



そのうち仕事も頑張りすぎて辛くなり、それを医師に相談すると「会社辞めろ」などと強く酷い言葉を浴びてしまい、とうとうその日から吐き気とめまいが襲ってきて立つことも出来なくなりました。その日以来、会社を休職することになりました。



原因は、医師の強い言葉のせいもあると思いますが、自分の身体の限界がやってきて強制的に自分自身に倒された感じがしました。そして転院をしてセカンドオピニオンに「パニック障害」と診断してもらい、ここでやっと、治すために必要な薬を飲めるようになりました。

まずは医師に正確な診断をしてもらうことが大事!

「パニック障害」と診断されるまでの半年間、なぜ疑問を感じつつも同じ病院に通ってしまったのかと後悔しています。



セカンドオピニオンとして行った病院で「産後うつ」「パニック障害」と診断してもらえて、今までの自分の身体に起きたことがすべて納得できました。もし少しでも診断に疑問を持っているのなら、正確に判断してもらえそうな病院に行っておくべきでしょう。病院選びは患者の自由です!気にせず自分に合った医師に変えて良いと思います。(自分はその勇気がありませんでした…反省です。)



そして、パニック障害になってしまった要因を、自分のまわりから無くすことが大事です。私も、なぜこんなことになってしまったのか、冷静に見つめ直しました。



私の場合、

・育児の間も仕事のスキルを上げないと!と必死になっていた

・夫は頼りにならない!と決めつけて頼らずイライラ

・通勤距離と自宅から保育園までの距離が遠く負担に

・両親が近くにいないので、責任が重圧になっていた

・身体が本調子でない状態での自宅購入と引越



これだけ自ら負担をかけていたことがわかりました。昔から「頑張り屋さんだね」「頑張りすぎないで」と言われてきた私。なるほど、これは頑張りすぎているわ…と倒れてから気づきました。



解決策として私がはじめたことは、とりあえずスキルアップは置いておいて、今はとにかく休職して身体の回復に専念。そして夫に頼る、自宅から近い保育園を探す、頼れる人をご近所で探すなどからはじめました。

パニック障害で休職をしたことで、さらに不安も襲ってきたことも事実です。でも、「まずはご飯を食べられるようになってお母さんが元気になること!」と保育園の園長先生に声をかけてもらえたことで、子どものために身体を回復させたい!という気持ちが起きました。まずはそれが私の第一目標です。とりあえず先のことは考えない!と心に決めました。



こうして、パニック障害治療の日々がはじまりました。誰にでもパニック障害が起こりうる可能性はあります。私と同じように、日々育児に仕事にと頑張りすぎているママとパパには知ってほしいなと思い、この体験談を書きました。回復までの道のりも、機会があれば書いてみたいと思います。

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