太平洋戦争に関する本や研究は、戦後、当事者である旧軍人たちによるものをはじめ膨大な量に及ぶ。わたしもかなりの編数を読んだつもりだが、そこにある記録や回想に触れていくと、この国の意思決定の危うさや軍人の硬直した思考形態の欠点が見え、現在の日本にも通じる教訓を得ることができる。
1961年生まれの著者は、戦争体験皆無の世代ながら、旧軍人を多数取材するだけでなく世界中の文献を読み込んで、冷静に分析してきた。日米の戦いだけでなく、ドイツをはじめとするヨーロッパの戦史に関する本も書いており、岩波新書「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」は「新書大賞2020」を受賞している。
本書は、これまで触れたものとは明らかに違う視点に立っているのが新鮮だ。太平洋戦争に限っては日、米、英のユニークな高級軍人を列記している。中でも酒井鎬次陸軍中将は、かなり詳しいと自負しているわたしも、恥ずかしながら初めて知る人だった。
3度ヨーロッパに派遣され、日本初の本格的戦車部隊の指揮官となるなどエリート軍人の道を歩んでいたのに、後に陸相、首相と昇っていく東條英機に憎まれて不遇をかこつ。その対立理由は、第一次世界大戦中フランスに駐在し、戦場での戦闘だけでなく国家全体の経済力、技術力が問われる「総力戦」体制が必要なのを知り尽くした酒井と、東條たち主流派の古臭い戦争観との意識格差にあったという。
これこそ、著者の掲げる「指揮統帥文化」の差異なのである。戦闘のことだけを考えれば良かった時代と違い、総力戦では大和魂の精神力や技巧に走る戦術論より、大局を見て政治、外交、経済と連動する自由な発想こそ重要だったのだ、と終章「昭和陸海軍のコマンド・カルチャー」は結論づける。
この基本思想に沿って、著者は個々の軍人たちを論じていく。その基準に立つと、海軍の名将とされた小沢治三郎中将も作戦面では過大評価された疑いがあり、もっと大きな軍事構想を己の頭で考える独創性をこそ賞賛すべきだとする。
逆にシンガポールで無残に敗北した英国陸軍のパーシヴァル名誉中将は、愚将などでなく、卓越した分析力で戦前の時点から日本軍の東南アジア侵攻戦略を見抜いていたにもかかわらず、本国の軍首脳から全く不十分な戦力しか与えられなかったために不名誉を着せられたのではないかとの推理だ。
そう、実は、著者・大木毅は、赤城毅名義で書くミステリーや冒険小説の作家でもある。綿密な資料分析に加えて論理的な推理も働かせ、12人の軍人たちの人生をたどる文章は、達者で臨場感豊かだ。まるで、12編の短編小説を味わったような読後感がする。
《「決断の太平洋戦史『指揮統帥文化』からみた軍人たち」大木毅・著/1760円(新潮選書)》
寺脇研(てらわき・けん)52年福岡県生まれ。映画評論家、京都芸術大学客員教授。東大法学部卒。75年文部省入省。職業教育課長、広島県教育長、大臣官房審議官などを経て06年退官。「ロマンポルノの時代」「昭和アイドル映画の時代」、共著で「これからの日本、これからの教育」「この国の『公共』はどこへゆく」「教育鼎談 子どもたちの未来のために」など著書多数。