今年の2月、スパルタの三戸舜介は初めてフェイエノールトとの『ロッテルダム・ダービー』を戦った。4万7500人で埋まったデ・カイプのピッチはカクテル光線を浴びて幻想的に輝いていた。響き渡るフェイエノールトサポーターの途切れぬ歌声。そのなかで三戸は72分間プレーしたものの、ほとんど何もできぬままベンチに退いた。それでもオランダに来てまだ1か月余りの21歳は、感情の高ぶりが鎮まらなかった。
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「フェイエノールト戦はチームとしての差も感じましたし、個人としての差も感じました。あらためてチャンピオンズリーグに出るチームだなと感じました。ああいうチームにやっぱり勝ちたい。しかし何と言ってもあのスタジアムの雰囲気がすごかった。あれはすごかったですね。あの雰囲気は初めて。これまで感じたことのないものでした。人がいっぱい入ってましたし、一気に“アウェー感”を感じました。プレーしていて鳥肌が立ちました。一気にワーってなる瞬間がもうたまんない。スッゲーってなりますね」(今年2月の三戸)
8月25日、再び『ロッテルダム・ダービー』が欧州一の港町に訪れた。今回はスパルタのホーム、ヘット・カステールでの対決だ。ここは収容1万1000人ほどの小ぶりな作りだが、1888年創設という古豪の誉れ高きレンガ作りの壁と、お城のような瀟洒な建物がバックスタンド側に設けられている。
三戸は1-1の82分から登場した。フェイエノールトに退場者が出たため、スパルタは数的優位に立っていたが、実力も規模も格上のフェイエノールトが勝ち越しゴールを狙って攻勢に出ている時間帯だった。そんなとき、三戸の爆発的なスプリントは活きる。
86分、GKオライがボールをキャッチすると、間髪入れずに前線へボールを蹴り込んだ。スパルタは3季に渡ってオライからの速攻を武器にしており、今年に入ってチームに加入した三戸も「GK始動のカウンター」を熟知している。ハーフウェーラインを越したところでオライのパスを受けた三戸は長駆、フェイエノールトゴールを目ざしたが、ペナルティエリア内でオランダリーグ最高のCBハンチュコにストップされた。
「今日も1本裏抜け(86分のドリブルのシーン)とかありましたけど、ゴールまで持っていきたかった。 そういう少ないチャンスは(活かさないといけない)…。今日は、相手が10人だったし、勝てるチャンスだった。もったいなかった」
その2分後に三戸は右サイドライン際でマーカーをフェイントで翻弄し、ファールを受けたシーンがあった。三戸のトリッキーな足技にバックスタンドは沸きに沸いた。この時、三戸と対峙したのはブラジル人左ウインガー、パイションだった。
「背がちっちゃい人だったんで負けたくなかったです。同じ背格好で、このレベルでやってる選手なのですごい刺激になります。『そういう人には負けたくない』。そういう気持ちはありました」
三戸がパイションに削られた1対1は、小柄なテクニシャン同士の意地の衝突だった。
164センチの三戸に対し、ブラジルのコリチーバでプレーしていたパイション(24歳)は168センチ。ふたりに共通するのは韋駄天・トリッキーなウインガーでありながら、中に絞ってライン間でボールを受けるのが上手く、しかも強烈なミドルシュートを秘めていること。ビルドアップなら三戸のほうが、キックテクニックならパイションのほうが上か。オランダリーグにおける選手の格という点では、フェイエノールトでレギュラーのパイションのほうが現時点では間違いなく上だ。
そんなパイションも23年1月にフェイエノールト・デビューした頃はドリブルで仕掛けることしかできなかった。その後、彼はアルネ・スロット(現リバプール監督)の下で気の利いたポジショニングで味方を活かし、そのことで自分も活きるという術を覚えた。パイションは現在24歳。9月に22歳の誕生日を迎える三戸にとって、これ以上ない目標になるはずだ。
アディショナルタイムを含めて14分間のプレーに留まった、今回の『ロッテルダム・ダービー』の三戸。それでも半年前のエディションと比べて、自身の成長を感じるところはあったのだろうか。
「前回、デ・カイプでやったときは圧倒されたので、今日は引き分けて良かったと思います。(敵地のダービーの雰囲気は)すごかったですね。今回はホームということもあり、ちょっと自分たちの雰囲気に持ち込めました。(自身の成長について)半年間ここでやってきたぶん、プレーで『強い選択』ができるメンタルになったと思います。そこが成長した」
その「強い選択」とは積極的なプレーのこと。以前は消極的なプレーを選択することが多かったという。「強い選択」ができる背景にはオリンピックの経験も一役買っているのだろうか。
「それはやっぱりありますね。オリンピックに出ることは目標だったので、それをひとつクリアできました。あとはオリンピックでゴールを決めて、そこで自信が少しつきました。そういうところを、ここで還元できてるかなと思います」
気になるのはここ2試合、三戸がスタメンから外れている点。このことについて、三戸はユルン・ライスダイク監督から何か説明を受けているのだろうか。
「いいえ。今は怪我というか、そういうところが今、ちょっとあるんです。今は調整みたいな感じです」
どうやら大事をとって出場時間を短くしているらしい。
「昨季は半年間で2ゴールしか決めれなかった。今季はゴールとアシストでもっと結果を残したい。ここで1年、自分もしっかり結果を出してステップアップしたい」
ウイングはオランダサッカーの華のポジション。三戸がリーグ内でその第一人者となったとき、おのずと夢が叶うはずだ。
取材・文●中田 徹
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