兵庫出身のマグナム北斗氏は舞台となった湯村温泉の設定や、人物像のリアルさに唸ってしまった。
「兵庫県北西部、日本海側の山陰地方の湯村温泉から神戸の病院に診療に行って帰ってくるシーンがあるんだけど、余部鉄橋渡ったりして。あれがもの悲しい。湯村温泉は浜坂駅からバスで30分かかるからね。本当に不便なところ。吉永さんが経営する置屋は訳ありの人しかいないし。スナックのママが話す言葉も、関西弁とは異なる但馬弁がいいのよ。さらに捨て子を子供のいない夫婦に斡旋していたニセ医者役・ケーシー高峰は『グラッチェ』と言わなきゃ気が済まない(笑)。で、温泉の顔役の長門勇も岡山出身だから違和感ないんだなぁ」
亀和田武氏は「夢千代日記」で銀幕スター・吉永小百合が進むべき道を見たという。
「吉永小百合という日本を代表する女優が、ただ単に薄幸な芸者を演じたんじゃなくて社会メッセージを含んだ作品に出たということは必然というか納得したというかね。今の女優だったらありえないんでしょうけど。この作品に出たことによって、原爆詩の朗読や平和への訴え、反原発など社会的な活動をしだした。その一方で、『夢千代日記』で共演した東映の御曹司である岡田裕介との不倫をフォーカスされるんですよ。まあ、女優に品行方正を求めたってしょうがないわけでね」
名手・向田邦子脚本の「阿修羅のごとく」が堂々の3位に輝いた。
「四姉妹の三女を演じたいしだあゆみ(76)は独身で男っ気のない図書館司書役で、父親(佐分利信)の長年にわたる不倫を暴くんです。その不倫を探っていた探偵が宇崎竜童(78)で、いしだと恋仲になっていく。2人の演技が自然でいいんですよ。いしだも歌手ですが、ミュージシャンが俳優になっていくパターンってありますよね。劇団出身の人たちと違って、演技へのアプローチが独特で味がある」(亀和田氏)
4位は松本清張原作の「けものみち」が食い込んだ。同作はこれまでに何度も映像化されてきたが、名取裕子(67)がヒロイン・民子を演じた82年版が最も評価が高い。
印象的なのが民子を悪の道に連れ込んだ実業家・小滝役の山﨑努(87)とのベッドシーンでの会話だ。小滝に激しく抱かれながら民子は「私を捨てないでね」と懇願。「捨てるもんか」「だって社長のお嬢さんと‥‥」「デマだよ。社長に娘はいない」「ほんと?」「調べてみたらいい」「騙したら殺してやるから」「かわいいこというね」「アッアッアァァーーー」
この後も民子は激しく抱かれるのだが、突然、音声が切れる。民子の唇は動いて何かを話しているが、5秒ほど無音になる。こうした「クローズアップ」演出を多用するのが和田勉の老練さなのだ。
同作のベッドシーンについて名取は「甘くておいしいもの、チョコレートを食べた時の顔をしてごらん」と相手役の西村晃から直接、指導を受けたこともインタビューで明かしている。
(つづく)
【NHK社会派ドラマBEST10】
1「男たちの旅路」(76年)鶴田浩二・水谷豊:364票
警備会社を舞台にした特攻隊で生き残った戦中派と戦後生まれの若い世代との葛藤を描く。警備員が犯罪と事件から市民を守るという準警察官的な役割を理想とするドラマは「ザ・ガードマン」以来。脚本は「ふぞろいの林檎たち」の山田太一
2「夢千代日記」(81年)吉永小百合:289票
胎内被爆し、白血病であと3年の命と宣告された温泉芸者・夢千代が母の残した山陰の小さな温泉町の置屋を女手ひとつで切り盛りする人間ドラマ。夢千代が毎日つづる日記を吉永小百合が朗読して物語が展開していく
3「阿修羅のごとく」(79年)八千草薫:257票
加藤治子、八千草薫、いしだあゆみ、風吹ジュンが演じる四姉妹が父親(佐分利信)の長年にわたる不倫について話し合うところから物語はスタート。一方で、4人はそれぞれに男女関係で事情を抱えていた。リアルな女性の本性が描かれる向田邦子作品
4「けものみち」(82年)名取裕子:254票
生きることに疲れた料亭の仲居(名取裕子)が実業家を名乗る男(山崎努)にそそのかされて流転の人生を歩むことに。政財界の裏に蠢く悪に光を当てながら、色と欲に目がくらんだ人間たちを描く。松本清張原作ドラマの傑作。脚本はジェームス三木
5「ザ・商社」(80年)山﨑努・夏目雅子:247票
総合商社の安宅産業が、1973年のオイルショックと1975年に破綻したアメリカでの石油事業失敗の実話を元に、石油に取り憑かれた男と、総合商社が崩壊するまでの過程を描いた経済ドラマ。4カ国で海外ロケを行うなどスケールが壮大
6「あ・うん」(80年)フランキー堺:231票
かつての戦友である2人の男と、その狭間で揺れる妻の人間模様を描く。安月給のサラリーマンの水田(フランキー堺)と羽振のいい実業家・門倉(杉浦直樹)が再会。門倉は水田の妻(吉村実子)に密かに好意を抱いていた‥‥。脚本は向田邦子
7「事件」(78年)若山富三郎:222票
人間味あふれる凄腕の弁護士(若山富三郎)が数々の事件を通して、悲喜こもごもの人間模様を浮き彫りにする法廷ドラマ。大岡昇平のベストセラーを元に制作されたが、続編から作家が早坂暁になりシリーズ化された。共演はいしだあゆみ
8「冬構え」(85年)笠智衆:219票
老人、老夫婦の生き方、息子たちとの絆を通して、現代日本の高齢化社会が抱える問題をあらためて探る問題作。「老人は集団自決せよ」などとうそぶく不届きモノのテレビ学者がいるが、是が非でも見返していただきたい。山田太一脚本
9「破獄」(85年)緒形拳:212票
戦中から戦後にかけて、緻密な計画と大胆な行動力で4度の脱獄を繰り返した無期懲役囚とそれを防ごうとした看守。実在の囚人をモデルにした吉村昭の同名小説をドラマ化。囚人と看守との関係を通して、人間の尊厳とは何かを問いかける
10「勇者は語らず」(83年)三船敏郎:207票
城山三郎が原案の経済ドラマ。日本の急速な経済大国化を背景に、大手自動車メーカーのアメリカ現地生産工場進出が描かれる。丹波哲郎、二谷英明、山﨑努など豪華出演が話題に。三船敏郎はNHKドラマ初出演作、寺島純子の女優復帰作品でもある
※アンケートは全国50~75歳男性による。複数回答あり