●プレーオフのような短期決戦は本当の実力を反映しているのか
今年、ワールドチャンピオンになれなければ、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は解任される――このような憶測が流れている。今に始まった話ではない。そもそも昨年オフにもクビになるのではとの噂はあったし、来季が契約最終年で、現時点では延長の話は聞こえてこない。今季もリーグ最高勝率の巨大戦力を擁しながら、9年間でワールドシリーズ制覇は2020年の1度だけとあって、いつ何時「ポストシーズンで勝てる」監督に替えられても不思議はないのだ。
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以前から、ロバーツ監督のポストシーズンにおける采配には疑問符がつけられてきた。有名なのは18年、1勝2敗で迎えたワールドシリーズ第4戦。7回1死まで無失点に抑えていた先発のリッチ・ヒルを交代させたところ、後続が打たれて4点リードを失い、逆転負けを食らったのだ。当時のドナルド・トランプ大統領が「7回まで余裕で投げていた投手を下ろして4点リードをフイにするとは。ビッグ・ミステイク!」とツイートしたために大きな話題となったのだが、この試合以外にもポストシーズンでは継投ミスを指摘されることが少なくない。
ここ2年もドジャースは111勝、100勝を収めながら、プレーオフでは地区シリーズで早々に敗退し、ファンを嘆かせていた。とりわけ昨年は、レギュラーシーズンで16ゲーム差をつけていた同地区のダイヤモンドバックス相手に1勝もできず3連敗を喫するショッキングな負け方。ロバーツ以外の監督であれば何度も世界一になっていたのでは? と考える人がいてもおかしくはない。 しかし一方で、ドジャースが彼の下で毎年プレーオフに出ているのは事実だ。ロバーツ政権で地区優勝を逃したのは21年だけ。それもジャイアンツが球団史上最多の107勝もしたからであって、ドジャースも106勝していた。少なくとも世界一を争うステージに立つという最小限の仕事はできている。それだけでなく17、18、20年の3度リーグ優勝もしているのだから、そこまで非難されるほどでもないはずだ。
もちろん最終目標はワールドシリーズの勝利なのだから、それができなければ監督が責任を取るのは当然だ――という意見も頷ける。しかし、ここで一つの疑問が湧く。そもそもポストシーズンのような短期決戦は、どれだけ真のチーム力を反映しているのか。言い換えれば、本当に一番強いチームが世界一になっているのか? という疑問だ。
昨年のナ・リーグを制したダイヤモンドバックスは、レギュラーシーズンは84勝でワイルドカード3番手だった。チーム力のバロメーターである得失点差に至ってはマイナス15。メジャー史上、得失点差マイナスでワールドシリーズまで進んだのは1987年のツインズ以来、わずか2度目という珍事中の珍事であった。
そんなチームがどうして100勝のドジャースを倒せたのか? 考えられる理由は3つある。一つは、Dバックスが短期決戦に強かったから。もう一つはその逆で、ドジャースが短期決戦に弱いから。そしてもう一つは、単なる運だった――というものだ。●大舞台で苦戦するチームはドジャースだけではない?
ここで、ドジャース以外の強豪にも目を向けてみよう。ナ・リーグでは、ブレーブスも18年から6年連続で東地区を制している。しかし22年は101勝、昨年も104勝しながら、ドジャースと同じく2年とも地区シリーズで敗れた。逆にその前の21年は、88勝どまりだったのに世界一となった。ここ3年の得失点差は+134、+180、+231。最も戦力が整っていなかった年に頂点に立ったのだ。3年とも監督はブライアン・スニッカーなので、この結果にスニッカーの采配能力が影響しているとは考えづらい。
ブレーブスは90年代から2000年代にかけて、現在のドジャースと似たような批判に晒されていた。91年から05年まで14季連続地区優勝(94年はストのためポストシーズンが行われなかった)、それでいて世界一になったのは95年だけ。グレッグ・マダックス、トム・グラビン、ジョン・スモルツの3大エースに名三塁手チッパー・ジョーンズもいたのにこの結果とあって、ボビー・コックス監督の短期決戦での采配には、ロバーツ監督同様に疑問が持たれていた。
そのブレーブスを96、99年のワールドシリーズで倒したのはヤンキースだった。ジョー・トーリ監督の下、96年以降の5年間で4度世界一になるという“勝負強さ”を発揮したのだが、00年を最後にシリーズで勝てなくなった。戦力がダウンしていたわけではなく、02~04年、06~07年はレギュラーシーズン勝率1位だったが、03年を除いてワールドシリーズにすら出ていない。
90年代は短期決戦に強かった名将トーリは、00年代に入って急に采配能力が鈍り、凡将と化したのか? その可能性もゼロではないだろうが、ロバーツやコックスともども、「プレーオフは運次第」説を補強する材料と考える方がしっくりくる。
●10月を勝ち抜くための「公式」は存在しない?
球界でもこうした考えを持っている人物がいる。アスレティックスの編成総責任者で、00年代前半に“マネー・ボール”で一世を風靡したビリー・ビーンだ。彼は以前、アスレティックスが毎年のようにプレーオフには進めても、ワールドシリーズに出られなかった点を問われて「私のチーム作りの手法はプレーオフ向きではない。けれども私の仕事は、プレーオフに進めるチームを作ることであって、その先は運任せなのさ」と答えたのだ。当時は単なる負け惜しみと受け止められたが、これは事実に近いのかもしれない。
では、ポストシーズンで勝ち抜くための秘訣は存在しないのだろうか。シンクタンクの『ベースボール・プロスペクタス(BP)』では、過去の優勝チームのデータを分析して「シークレット・ソース」なるものを提唱していた。考案者は、現在では大統領選などの選挙予測で有名人になっているネイト・シルバー。具体的には「強力なクローザー」「奪三振能力の高さ」「優れた守備力」の3要素が揃ったチームが、最も優勝の可能性が高くなるというもので、本誌でも紹介したことがある。
だが、昨年世界一のレンジャーズがこれに該当していたかと言えば、抑えのウィル・スミスは22セーブ、防御率4・40と頼りなく、ポストシーズンで代役を務めたホゼ・ルクラークも絶対的な存在ではなかった。何しろ、ワー―ルドシリーズ優勝の瞬間にマウンドにいたのはスミスでもルクラークでもなく、レギュラーシーズンで防御率5点台のジョシュ・スボーツだった。 奪三振率はリーグ12位とかなり低く、良かったのはDRS2位の守備力だけ。ワールドシリーズの対戦相手Dバックスは、クローザーのポール・シーウォルドはまずまずでもチーム奪三振率はリーグ12位で、偶然にもレンジャーズとまったく同じ。DRS43は3位とこちらも守備は良かったけれども、早期敗退したブルワーズやツインズの方がもっと3つの条件に当てはまっていた。
実は、すでにBP自体が「シークレット・ソース」を満たしたチームの優勝確率は50%強で“コインフリップと大差なかった”と認めている。そして、鍋ごとゴミ箱行きとなったソースに代わる新たなレシピも編み出されていない。なお、日本の短期決戦で重視されている“細かい野球”に関しては、ワールドシリーズで負けたDバックスは犠牲バントを5試合で5回決めたが、勝ったレンジャーズは0回。考慮の対象にすらなっていなかった。
それでは、他のスポーツではどうなのだろうか。例えば、今季のNBA王者となったのは開幕から本命視され、レギュラーシーズンも最高勝率だったボストン・セルティックス。過去10年でレギュラーシーズン1位のチームが優勝したのは、これで3度目だった。MLBも同じく10年間で3回だから、あまり変わらないように思えるかもしれない。
だが、同期間の優勝チームでレギュラーシーズン勝利数が5位以下だったのは、NBAでは21年のバックス(7位)のみ。MLBは14年ジャイアンツ(8位)、19年ナショナルズ(8位)、21年ブレーブス(12位)、23年レンジャーズ(6位)と4回も例がある。やはり野球では、最強とは言えないチームでも頂点を極める確率が高めなのだ。
これには、野球というスポーツの特性が関わっている。まず、絶対的エースがいても毎日は登板できない。7試合制のポストシーズンシリーズであればせいぜい2度、多くても3試合が精一杯で、残りの試合は格落ちの投手が投げるので、勝利の確率は下がってしまう。
攻撃でも、9人の打者が順番に打席に立つので、大チャンスでも最も頼りになる打者に回ってくるとは限らない。サッカーやバスケットボールなら、得点が欲しい場面ではポイントゲッターにボールを回し、大事なシュートを打たせることが可能だ。実際、セルティックスは今季のレギュラーシーズン勝率が.780もあった。MLBだと126勝に相当する数字であり、強いチームが順当に勝つ傾向が強いことを示している。
だが、野球ではそうはいかない。実力通りの結果が他の競技に比べて出にくく、波乱や番狂わせが起きやすいのだ。近年はプレーオフの出場枠が拡大したので、下克上が起きる確率は一層高まった。レギュラーシーズン勝率が両リーグ12位のブレーブスが世界一になった21年は、その最たるものだった。
それでは「所詮運でしかない」ポストシーズンは見るに値しないのか? 断じて違う。人々の記憶に残り、称賛を得るのは最後まで勝ち残ったチームだけなのだ。その栄誉を目指す、緊張感に満ちた戦いはペナントレースとは違う雰囲気に包まれる。このような試合に魅力がないわけがない。
シーズン最高勝率でも、ドジャースの世界一が約束されるわけではない。期待が高まっていればいるほど、敗れたときの落胆も大きいだろう。だが、むしろ予測とは異なる展開になってこそ、勝負事は面白いのではないか。そしてどこが勝つとしても、そのチームは間違いなく24年の王者である。なぜなら「運も実力のうち」だからだ。
※『SLUGGER』2024年11月号掲載の記事を再構成
文●出野哲也
【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『メジャー・リーグ球団史』『プロ野球ドラフト総検証1965-』(いずれも言視舎)。
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