黒澤明賞受賞のフー・ティエンユー監督が語る  人とのつながりを描いた『本日公休』と日本への思い

台湾・台中にある昔ながらの理髪店。女手ひとつで育て上げた3人の子どもたちも既に独立し、店主のアールイは今日も一人店に立ち、常連客を相手にハサミの音を響かせる。息子の卒業式に出席するため整髪に来た紳士、親に内緒で流行りのヘアスタイルにして欲しいと懇願する高校生‥‥。娘や息子に「こんな理髪店は時代遅れ」と言われても、40年続けた店と常連客を大切に想い、アールイは、せわしくも充実した日々を送っている。そんなある日、離れた町から通ってくれていた常連客の“先生”が病の床に伏したことを知ったアールイは、店に「本日公休」の札を掲げ、古びた愛車でその町へ向かうが……。

本作『本日公休』は、作家、MV監督としても活躍するなど多彩な才能をもつ台湾の俊英フー・ティエンユー(傅天余)監督の劇場長編3作目で、理髪師の母親をモデルに監督が脚本を執筆。台中の実家で実際に営んでいる理髪店で撮影を敢行し、3年の月日をかけて完成させたという。

本作が高い評価を受けたフー監督は、第37回東京国際映画祭で黒澤明賞を受賞した。

予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『本日公休』のフー・ティエンユー監督に、日本の映画、本作品への思いなどを伺いました。

日本映画、そして日本への思い

池ノ辺 黒澤明賞受賞、おめでとうございます。

フー・ティエンユー(以下フー) ありがとうございます。

池ノ辺 受賞に関してお気持ちはいかがですか。

フー 映画監督としてこのような素晴らしい賞をいただけるというのは、本当に光栄なことで、今でもまだ信じられないような気持ちです。知らせを受けた時にも「え?本当なの?」という感じでした。東京国際映画祭の審査委員の皆様に感謝したいと思います。特に私がずっと憧れていた山田洋次監督が、審査委員で、私の作品を気に入ってくださったということを聞いて、本当に嬉しくありがたく、夢のようです。

池ノ辺 山田洋次監督が憧れとおっしゃいましたが、日本の映画がお好きなんですか。

フー 山田監督の作品は、小さな頃からよく観ていました。特に、寅さんの『男はつらいよ』シリーズは、ほとんど観たんじゃないかと思います。

池ノ辺 そうなんですね。

フー この映画をなぜ好きなのかと考えてみると、寅さんは、私が育った実家の理髪店に来るお客さんたちに似ているんです。それでとても親しみを感じてしまうんです。

池ノ辺 台湾では、日本の映画は昔から上映されていたんでしょうか。

フー ビデオの全盛期には、多くの日本映画をビデオで観ることができました。私の子どもの頃です。でもその頃は、寅さんはおもしろいと思っていましたけど山田監督のことはよく知りませんでした。山田監督の他の作品をはじめ、いろんな映画を映画館でも観るようになったのは、大学に入ってからですね。

池ノ辺 大学では映画を専攻していたんですか?

フー 日本語文学科でした。サークルで映画サークルの部長をしていたんです。その時に日本映画をかなり観ました。そのサークルでは日本映画を系統的に観る上映会を企画したりしたんですよ。小津安二郎、成瀬巳喜男、是枝裕和といった大監督の作品を特集するような上映会をしました。

池ノ辺 なぜ日本語文学科を選んだんですか。

フー 日本の歌謡曲が大好きだったんです。特にJ-POPが好きで安室奈美恵さんの歌とかを聴きましたし、ちょっと恥ずかしいのですがV6のファンでした(笑)。あとは村上春樹さんの小説も大好きでよく読みました。

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母の世代が持っていた人々のつながり、その普遍性

池ノ辺 監督の作品『本日公休』を拝見したんですが、風景が日本の田舎にすごく似ているんですね。あの理髪店に寅さんみたいな人たちが来ていたというのも想像できますし、何よりお母さんが素敵でした。どこの国でもお母さんは気持ちが一緒ですね。監督ご自身のお母さんをモデルにされているんですよね。監督のお母さまのこれまでの人生を撮ろうと思ったんですか。

フー この映画は私の実家の理髪店で撮影していますし、理髪師だった母がモデルであることは間違いないのですが、母自身を描こうと思ったわけではなくて、そこがテーマではないんです。私はその理髪店で生まれ育って、母は近所に多くの常連客を抱えていました。母とその常連さんたちのお付き合いというのはとても長く続いていて、お互いに気心の知れた関係だったと思います。私は、そういった人と人のつながり、あたたかい関係、そういったものを描きたかったんです。というのも、こうしたつながりは、特に台北のような都市ではもう見られなくなってしまったんじゃないかと思うんです。今の価値観とは違うんでしょうね。でも、例えば何らかの見返りを求めずに人に何かしてあげる、そうした価値観はとても尊いと思いますし大事にしたい。そしてそれは母たちの世代が持っていたものだと思うんです。

池ノ辺 日本も同じですね。昔ながらの散髪屋さんも無くなってきていますし何より人との関わり方もずいぶん変わってきてしましました。それは世界共通かもしれないですね。だからこの作品を観ると懐かしさを感じて優しい気持ちになります。

フー そう言っていただけてとても嬉しいです。この映画の資金を集めるためにフランス、イタリア、メキシコ、日本など、いろんな国でプレゼンをしました。いずれの国でも、「自分たちの社会と同じ状況だ」と共感してくれたんです。ですから私は自信を持ってこの映画を作ることができました。もちろん日本でも受け入れられるに違いないと思ってはいましたが、実際にこのような感想を直接お聞きして、とても嬉しいですし感動しました。ありがとうございます。

池ノ辺 こちらこそ素晴らしい映画を作ってくださってありがとうございます。最後に、監督にとって映画とはなんですか。

フー 黒澤明監督の著作に「蝦蟇の油: 自伝のようなもの」という作品があります。その中にある言葉「映画は私にとって自伝のようなもの」を私は自分が映画を撮る、映画監督としての目標にしています。黒澤監督は、あれほどの素晴らしい作品をたくさん撮っていらっしゃいますが、その1本1本の作品は、おそらく監督にとっては自伝のようなものだったんじゃないかと思うんです。

池ノ辺 確かに今回の監督の映画はそうですね。次に何を撮るかもう決まっているんですか。

フー 次は心理サスペンスを撮る予定です。ジャンル的には今回と全然違うものですが、そこはやはり私なりの心理サスペンスというものを撮りたいと思っていますので、ぜひご期待ください。

池ノ辺 楽しみにしています。

インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
撮影 / 岡本英理

プロフィール

傅天余(フー・ティエンユー)

監督

1973年9月13日台中生まれ。国立政治大学日本語日本文学科、ニューヨーク大学メディア生態学・映画研究所を卒業後、作家として活動を始め、短編小説『清潔的戀愛』で第24回時報文学賞最優秀短編賞、『業餘生命』で中央日報文学賞最優秀小説賞を受賞する。その後、脚本家・監督のウー・ニェンチェン(呉念真)の指導の下に映画界のキャリアを開始し、テレビ映画やドラマシリーズの監督・脚本を手掛ける。2009年、『Somewhere I Have Never Travelled(帯我去遠方)』(映画祭上映)で長編映画監督デビュー。主演のリン・ボーホン(林柏宏)のデビュー作でもある。2010年にはアーティスト村上隆のドキュメンタリー『到死都要搞藝術』と本作のモデルとなった理容師の母親を記録した『阿蕊的家庭理髮』を発表。2015年の岩井俊二、スタンリー・クワン(關錦鵬)、ウェイ・ダーション(魏徳聖)製作のオムニバス『恋する都市 5つの物語』の第4話 日本・小樽編、2016年のアリエル・リン(林依晨)とリディアン・ヴォーン(鳳小岳) 主演のファンタジー『マイ・エッグ・ボーイ』(映画祭上映)の監督と脚本を務める。2023年に3年をかけて製作した『本日公休』を発表。2024年には台北電影節のイメージCMを担当。映画祭PR大使を務めるリン・ボーホンを『Somewhere I Have Never Travelled』の映像と再会させた。

作品情報

映画『本日公休』

台中の下町で40年にわたり理髪店を営む店主のアールイ。今日も、いつものように店に立ち、常連客を相手にハサミの音を響かせている。息子の卒業式に出席するために整髪にやって来る紳士、夢枕に立った亡き妻に「髪は黒いほうが良い」と言われ、初めて白髪染めにやって来る老人、親に内緒で流行りのヘアスタイルにして欲しいと懇願する中学生‥‥、時が止まったように見える店も、泣いたり笑ったり忙しい。

監督:フー・ティエンユー

出演:ルー・シャオフェン、フー・モンボー、ファン・ジーヨウ、リン・ボーホン、チェン・ボーリン

配給:ザジフィルムズ、オリオフィルムズ

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