“中高年ファン”にも推せる!爆風スランプ通の音楽ライター・兵庫慎司が映画『大きな玉ねぎの下で』をレビュー

爆風スランプの不朽の名曲にインスパイアされて生まれた映画『大きな玉ねぎの下で』が、2月7日(金)に公開される。原曲は、昨年デビュー40周年を迎えた人気ロックバンド、爆風スランプが1985年にリリースした「大きな玉ねぎの下で」。楽曲や映画のタイトルにもある“玉ねぎ”とは、日本武道館の屋根の上に光る擬宝珠(ぎぼし)を指している。ペンフレンドと初めて武道館で待ち合わせるという淡くせつない恋模様が心地よいバラードソングとなり、数多くの人の心を震わせてきた。のちに「大きな玉ねぎの下で~はるかなる想い」とリメイクされ、15枚目のシングルとしても発売。発売当時から瞬く間に話題となり、2000年代に入っても多くのアーティストがカバーし、いまもなお歌い継がれている。

そんな長年愛され続けてきた楽曲を基に映画化した本作を、初期のころからの爆風スランプのファンであり、昨年、爆風スランプのメンバーへインタビューもした音楽ライターの兵庫慎司に観てもらい、”中高年ファン”の視点から本作の魅力を語ってもらった。


互いに顔は知らないけれど、バイトノートを通じて心をかよわせていく2人の恋の行方は…? / [c]2024 映画「大きな玉ねぎの下で」製作委員会

草野翔吾監督がメガホンを取り、神尾楓珠、桜田ひよりが主演を務める本作の主人公は、夜はバー、昼はカフェになる「Double」でそれぞれ働く2人の大学生。将来に希望が持てず就職活動も滞り中な丈流(神尾)と、自分の夢をまっすぐ追うあまり、できない自分が嫌になり葛藤する美優(桜田)。2人をつなぐのは、連絡用のバイトノートだけ。業務連絡のみならず互いの趣味や悩みも綴るようになったことで、やがて2人は素性を知らぬまま、“大きな玉ねぎの下(武道館)”で初めて会う約束をする。一方、あるラジオ番組で語られていたのは、30年前の文通相手との淡い恋。顔は知らないけど、好きな人と武道館で初めて会う約束をしていたが…。

SNSで簡単につながれる時代に、あえて手書きで心の声を綴りながら関係を築いていくノスタルジックな世界観はもちろん、楽曲の歌詞からイマジネーション豊かに、自由な発想を広げ、手紙やノートでのやり取りを通して、顔も知らない相手に恋をするという、令和と平成2つの恋が交錯するストーリー展開が見どころとなっている。

■「最初は『いま、なんで爆風のこの曲が映画化されるの?』と驚きはしました」


神尾楓珠演じる、将来の目標もなく、就職活動も躊躇している大学生の丈流。バイトノートでの交流が日々の楽しみの一つに / [c]2024 映画「大きな玉ねぎの下で」製作委員会

「正直、最初は『いま、なんで爆風のこの曲が映画化されるの?』と驚きはしました」と、映画化を知った時のファンの素直な感想を吐露してくれた兵庫。そもそも爆風スランプのファンには、初期の過激でむちゃくちゃなバンドだったころの「爆風」が好きな人と、代表曲である『Runner』以降のポジティブな青春ロックバンドとしての「爆風」が好きな人との2タイプがいるといい、「僕は高校時代に爆風スランプのコピーバンドをしていたくらいなので、完全に前者なんです」と自身を位置づける兵庫は、「自分がおっさんだからというのもありますが、僕は青春映画とか恋愛映画といったジャンルが、もともとあまり得意じゃないんですよ。だから爆風きっかけじゃなければ観てなかったかなと思うんです」と、赤裸々に打ち明ける。

「ただ、音楽が大友良英さんだったのと、脚本が高橋泉さんであることに興味を惹かれたところもあって。『これは観ておいたほうがいいな』くらいの軽い気持ちで試写を観に行ってみたところ、これが想像以上におもしろかった!ちょっと偉そうな言い方にはなりますけど、『すごくよくできているな』と思いましたね」と評価を一変させた。


桜田ひより扮する看護学生として夢に向かって邁進している美優は、アルバイト先のノートの相手に心惹かれていく / [c]2024 映画「大きな玉ねぎの下で」製作委員会

■「楽曲の大切なコンセプトと日本武道館という設定だけを借りて、映画を作ったことがよかったんじゃないかな」

その理由として、「僕も含め、当時、爆風スランプをリアルタイムで聴いていた中高生だったファンは、いまではサンプラザ中野くんご本人が言うところの、“中高年”のファンになってはいますけど(笑)、この映画はそんな昔から応援している爆風ファンの人たちが観ても、ちゃんと感情移入できるように緻密に作ってあるし、もちろん、いまの若い人たちが観ても楽しめる。その両方の視点から作品に入り込める作りになっていて、とても丁寧に映画化されているなと感じましたね。予想どおり、大友さんの音楽もよかったですしね」と、制作サイドの手腕の高さに言及する。


【写真を見る】藤原大祐や窪塚愛流が出演する平成パートは、文通やラジオなどエモいアイテム盛りだくさん! / [c]2024 映画「大きな玉ねぎの下で」製作委員会

なかでも「あまり詳しくは言えないんですが…、大人世代と若者世代との交流のさせ方というか。平成と令和の2つの時間軸を交互に映しだしながら、次第にその2つの時代が交差していくような描き方が非常に効果的でしたね」と言い、「asmiさんによるカバー版も含めて、爆風スランプの楽曲の世界観を壊さずに、できるだけオリジナルの歌詞を忠実に描こう、といった作りにしなかったことが、むしろ逆に功を奏しているというか。楽曲の大切なコンセプトと日本武道館という設定だけを借りて、映画を作ったことがよかったんじゃないかなと思います」と、今回の映画化が、原曲ファンの期待を裏切らない要因を分析する。

さらに、兵庫のなかに「伊東蒼さんが出ている作品なら間違いない!」という想いがあったのも、本作に好印象を持った理由の一つだったという。「主演を務めた神尾さんや桜田さんを含め、キャストみんなが“役を演じている俳優”ではなく、役の人物そのものにちゃんと映った」所以であると語ってくれた。


平成パートでは、2人の少女がペンフレンドの話題で盛り上がる!演じる伊東蒼と瀧七海がフレッシュな魅力を放つ / [c]2024 映画「大きな玉ねぎの下で」製作委員会

■「40年後まで残る曲になって一番驚いているのは、もしかしたら爆風スランプ自身なんじゃないかな」


ラジオパーソナリティ役で江口洋介が出演。さらに、歌手のasmiが劇中でも人気アーティスト・A-riとして登場する / [c]2024 映画「大きな玉ねぎの下で」製作委員会

一方、これまでも数多くのアーティストによって歌い継がれてきた楽曲「大きな玉ねぎの下で」の普遍的な魅力についても伺うと、「大きな玉ねぎ(武道館)の下で、初めて会う約束をする。でも、会えない…という設定自体がロマンチックな感じがして、よかったんだろうと思いますね」と、楽曲の核心に迫る。というのも、兵庫いわく「爆風スランプの楽曲の中には、『愛がいそいでる』とか『涙の陸上部』のように、『大きな玉ねぎの下で』のほかにもせつないラブソングはいくつかあって。でも、武道館をモチーフにした楽曲はこの『大きな玉ねぎの下で』と、彼らが武道館ライブをそのまま歌詞にした『嗚呼!武道館』以外にはおそらくないですから。やっぱり武道館をモチーフにしたのがよかったんじゃないですかね」と、楽曲の“唯一無二性”についても言及した。

さらに印象的な「ペンフレンドの二人の恋は」という冒頭のフレーズについても、「中野さんご本人としては、実は“ちょっとダサいところ”をねらったそうなんですが、ペンフレンドという存在自体は当時高校生だった自分にとっても、わりと馴染みがありましたし、実際はそれほどダサい感じでは受け取られてはいなかったはず。みんな真っ正面から聴いていた気がします」と振り返る。「いまの時代も、SNSとかで遠くにいる人や会ったことがない人と文字を通じてコミュニケーションする文化自体は、ずっと変わらずにあるじゃないですか」。


ひょんなことで出会った丈流と美優は、アルバイト先のバイトノートで交流していることを互いに知らずに過ごしているが… / [c]2024 映画「大きな玉ねぎの下で」製作委員会

そもそも「大きな玉ねぎの下で」は、「日本武道館の客席を満員にできるだろうか。いやできるはずがない」というプレッシャーから派生した“言い訳ソング”でもあったことが、原曲の歌詞の誕生エピソードとしてファンの間では広く知られているが、当時、日本武道館という場所が、音楽シーンにおいてどんな存在だったのか。兵庫はこう解説する。

「当時は、いまの東京ドームが後楽園球場だった時代で。横浜アリーナも、さいたまスーパーアリーナも、横浜の日産スタジアムもまだないんですよ。たまに後楽園球場や西武球場でライブをするアーティストはいましたけれども、基本的にロックバンドやポップミュージシャンのゴールは、日本武道館だったんですよね。だから、武道館を満員にできれば、それがブレイクした証になった。いまで言うところの東京ドームになるのかな。それにプラスして、武道館はビートルズの来日コンサートの会場でもあったことから神格化もされていて、いまの武道館よりもっと価値が高かったんだと思います」。

そのうえで、「こんなふうに40年後まで残る曲になって一番驚いているのは、もしかしたら『爆風スランプ』自身なんじゃないかな」と兵庫は推測する。当初は武道館公演のための“言い訳ソング”として生まれたものが、バンドの代表曲となり、40年後に映画化されるまでに至ったからだ。映画『大きな玉ねぎの下で』は、こうした楽曲の歴史と魅力を巧みに取り入れながら、現代的な解釈を加えた作品に仕上がっている。

■「初期の爆風スランプのファンが観ても、この映画は間違いなく楽しめる」

改めて、映画について兵庫は、「エンタメとリアルさのバランスが絶妙」であると評し、なかでも江口洋介、飯島直子、西田尚美、原田泰造ら大人世代の俳優たちが平成初期と令和をつなぐうえで重要な役割を果たしていることも、「“中高年のファン”に響かせるためには絶対に欠かせない」と指摘する。


丈流のまじめな父を原田泰造が、病気がちな母を西田尚美が演じる / [c]2024 映画「大きな玉ねぎの下で」製作委員会


令和パートでは飯島直子も出演。気になる登場人物たちとの関係は? / [c]2024 映画「大きな玉ねぎの下で」製作委員会

「世代的なことで言えば、本来、僕は平成パートのほうに懐かしさを感じてグッとくるべきなんだろうな…と思いながら観ていたのですが、あえてどちらか一つを選ぶとするなら、いろんな意味で現代パートのほうが好きでした。でも、むしろ僕らが観ても『現代パートがいい』と思えること自体、結構すごいことなんじゃないのかなって」。

とはいえ、平成初期のパートの再現度についても「まったく違和感はなかった」といい、「あの時代の空気感を再現するために持ちだすべく採用する、当時流行っていたツールはほかにもいろいろあったであろうにも関わらず、ラジオと放送部に着目して描いたところも『なるほど。目の付けところがいいな』と思いましたね。僕自身いまでもラジオは大好きですし、彼らと同様投稿していた口なので(笑)。冒頭でもお話したとおり、僕みたいに青春映画や若者の恋愛映画が苦手な人や、初期の爆風スランプのファンが観ても、この映画は間違いなく楽しめると思います!」と、兵庫は太鼓判を押す。

映画『大きな玉ねぎの下で』を通じ、“生みの親”である爆風スランプの魅力が若い世代にも再認識され、40周年を機にバンドのさらなる活動につながることにも期待したい。

取材・文/渡邊玲子

※高橋泉の「高」は「はしごだか」が正式表記