大人になってから、知らない現場にひとりで行くのは少し緊張します。スキマバイトは、その空気の中に突然入り込める不思議な体験です。
現場の空気は想像以上にピリピリ
今回お邪魔したのは、北関東にある福祉施設。約60人分の食事の調理や盛り付け、食器洗いを担当します。勤務時間は朝8時30分から14時まで。まかない付きで昼食代が浮くのも、地味にうれしいポイントです。人生で60人分の食事を作る機会なんてそうそうありません。緊張と好奇心が入り交じるなか、厨房の扉を開きました。すると目の前にいたのは、60代のベテラン調理師(仮名・梅子と節子)の2人。大人数の料理を作るので、もっと人がいるのかと思いきや、まさかの2人体制です。鋭い視線を靴の先から頭まで浴びせ、筆者の前に立ちはだかる梅子と節子。まるで風神・雷神のような威厳と威圧感です。
初日から抗争勃発? 相棒選びか、派閥争いか
「おはようございます。本日はよろしくお願いします」一通りの自己紹介を済ませると、梅子(仮名)が声をかけてきました。
「……よく来たね。さあ、私たちのどっちを選ぶか決めてちょうだい」
まるでポケモンの最初の相棒を選ぶシーンのようなセリフ。完全にゲームのワンシーンです。それとも、し烈な派閥争いに巻き込まれるのか──。そんなことを考えながら真顔で固まっていると、節子が笑いながらこう言います。
「なに真剣に悩んでるのよ(笑)。タマネギを切る担当か、キャベツの千切りをするか聞いてるだけよ」
キャベツ千切りで腕試し
調理自体は淡々と進み、さすが少数精鋭。無駄な動きが一つもありません。新人かつ、この数時間しかいない私が気をつけたのは、なにより“動線を邪魔しないこと”。それがこの現場での最優先事項でした。現場は「シン……」と静まり返り、ひたすら野菜を切る音が響き渡ります。すると、相変わらず眼光鋭い梅子から包丁を渡され、「さあ、あなたの腕前を見せてちょうだい」と一言。
やはり梅子は、ゲームや映画のような口調で語りかけてきます。私はできる限り素早く、そして細くキャベツを刻みました。
「ふうん……まあ、合格。合格よ」
腕を組みながら去っていくその後ろ姿は、なぜかちょっとカッコいい。なんだかクセになってきました。
人手不足の現場が抱える負担
その後は怒涛の勢いで調理し、洗い物を担当し、風神雷神にくらいつこうと必死で作業をしていました。そして30分の昼休憩。二畳ほどの狭いスペースに密集し、3人で昼食を取ることに。梅子が静かに口を開きます。「……あなた、不器用だけど“当たり”だわ」
知らないうちに行動をチェックされ、評価されていたとは。正直、怖い。しかしそのあと、梅子は言葉を続けます。
「この施設ね、何十人ってスキマバイトさんを雇ってきたの。みんな長くても5時間くらいで、3時間程度の短い人もいてね。その新人さんたちを私たちみたいな高齢のおばちゃんが、いちから教えるのは本当に大変でさ。一生懸命教えても、数時間後には大半がもう会わない人になっちゃうから……。なんていうか、んだなあ」
そして節子も続きます。
「施設の上の人に『長期で働いてくれる人を見つけてください』ってお願いしても、『そんなコストはかけられない。本当に人が足りないときに、不定期でその場しのぎの人を探す方がコスパがいいんだ』って。その負担が最近大きくなってきて、こんなふうに愚痴ってしまってごめんね」
スキマバイトさんへの指導料として、現場の人たちが少しでも報酬を上乗せしてもらえないのかと尋ねましたが、それは今はまだ現実的な話ではないようです。
一期一会の距離感
「あ! でも、性別や境遇、年齢を問わずいろんな人に会えるのは、それはそれですごく楽しみなのよ」と明るく語る節子。梅子も続きます。
「この歳になって田舎にいると、大抵決まった人にしか会わないから。だからあなたに会えて、こうして愚痴まで聞いてもらえて、ちょっと嬉しいわ」
あれ? 風神が優しく微笑んでいる……?
「スキマバイトさんだからこそ、話せる愚痴もあるしね。さあ、ごはんおかわりしない? おばちゃんが注いであげる」
鋭い眼光がいつの間にか和らぎ、現場の空気も緩んできました。そして、梅子がよそってくれたごはんは、お茶碗3杯分はあろうかという“超マンガ盛り”。筆者の豊満な体格を考慮してくれたのでしょう。なんとも言えない気持ちになりながら、その大盛りごはんを米粒一粒残さずたいらげました。スキマバイトは“人の温度”に触れる仕事だった
その後は和やかな雰囲気の中で後片付けをし、バイト終了の時間に。しかし、ただでは終わりません。そこから梅子と節子の親戚の愚痴や、人間関係の「ちょっと聞いてよ」というトークタイムがスタートし、休憩室はまるでお悩み相談室に。
さらに「最近のスマホの使い方が分からないから、ちょっと教えて」と、携帯電話ショップのような光景も……。正直少々ぐったりしつつも、この一期一会の濃い出会いにどこか居心地の良さを感じていました。別れ際、「また来なさいよ」と手を振る梅子と節子。最初に感じた威圧感はすっかり消え、そこにはただのおしゃべり好きなおばちゃんたちの笑顔がありました。数時間前まで他人だったはずの人たちと、ごはんを食べ、愚痴を聞き、少しだけ同じ時間を共有する──。
スキマバイトは仕事というより、その場の空気に入り込み、人の温度に触れる体験なのかもしれません。次はどんな現場で、どんな人に出会えるのでしょうか。楽しみです。
<取材・文&イラスト/青山ゆずこ>
【青山ゆずこ】
漫画家・ライター。雑誌の記者として活動しつつ、認知症に向き合う祖父母と25歳から同居。著書に、約7年間の在宅介護を綴ったノンフィクション漫画『ばーちゃんがゴリラになっちゃった。』(徳間書店)、精神科診療のなぞに迫る『【心の病】はこうして治る まんがルポ 精神科医に行ってみた!』(扶桑社)。介護経験を踏まえ、ヤングケアラーと呼ばれる子どもたちをテーマに取材を進めている。Twitter:@yuzubird

