男性学から考える「ジェンダー平等」の意義

男性優位な社会の中で、男性自身も無理をさせ続けられている

――ジェンダー平等は女性のためのものだ、と捉えられやすい面があります。ジェンダー平等の推進が男性にも必要である理由について教えてください。

多賀:大きく3つのポイントがあります。1つ目は、ジェンダー平等の推進は、持続可能な社会のために不可欠であること。男性たち自身の価値観がどうであろうと、ジェンダー平等を進めていかなければ、経済はおろか社会の機能も維持できなくなっていくのが日本の現状だ、ということです。

高度経済成長期には、若者の人口比率が高く、働き手となる男性も、無償で家事や育児を担う女性もたくさんいることで社会が成り立っていました。でも少子高齢化が進む今後は、男性だけでは労働力が全く足りませんし、女性もますます働くことが期待されるようになるので、女性だけに家庭や地域を支える責任を負わせるわけにはいきません。

ですから、性別にかかわりなく誰もができる限り仕事と家庭を両立させて、かつ生産性と効率を上げていかないと国が持たない。ジェンダー平等は、男性も含めて誰もにとって喫緊の課題だという認識を持つことがまず重要です。


2023年の出生数は約75万人で過去最小を記録した。出典:厚生労働省

多賀:2つ目に、ジェンダー平等の推進には、確かに女性の抱える問題の解決という側面がありますが、それでも男性にとって決して他人ごととはいえないという点です。

ジェンダー問題が語られるとき、女性と男性は敵対関係にあるかのように捉えられることがしばしばですが、果たして女性は男性にとって「敵」なのでしょうか。男性たちにとって身近で大切な人々の中には、母や娘、恋人や妻、女性の友人や同僚など、多くの女性たちが含まれています。

そうした大切な女性たちが、男性優位な社会の中で、女性であることによって不当におとしめられたり暴力の被害に遭ったりしているというのは、男性にとっても悲しいことであるはず。逆に、女性たちがそうした差別や暴力に怯えなくてすむ社会は、男性にとっても住みやすい幸せな社会ではないでしょうか。

ジェンダー平等の推進が女性の問題解決のためのものであっても、それが男性にとって大切な人々の安心・安全を保障しようとするものであるならば、男性にとっても決して他人ごとではなく、男性も一緒に取り組む意義があるはずです。

3つ目に、ジェンダー平等の推進は、男性が抱える問題の解決にも寄与するものであり、男性にも利益をもたらすという点です。性別にかかわらず誰もが生きやすい社会になることは、男性自身のウェルビーイング(※)、健康や生活の質の向上という面でも非常に有用です。

男性稼ぎ手体制のもとでは、男性たちに仕事での成功や安定した収入といった理想的な男性像の達成が期待されますが、全ての男性がそうした理想を実現できるわけではなく、そのことに苦しむ男性も少なくありません。

稼ぎ手役割を果たしている男性の多くも、それと引き換えに望まない長時間労働を強いられ、育児や私生活にもっと時間を割きたくてもそれがかなわなかったり、健康を害したりという状況に置かれています。

ジェンダー平等の推進は、男性にとっても、稼ぎ手責任を一手に担う重圧から解放され、よりバランスの取れた、より健康な生活を手に入れるための鍵となるのです。


身体的・精神的・社会的に良好な状態。特に、社会福祉が充実し満足できる生活状態にあること。参考記事:ウェルビーイング(well-being)研究者・前野隆司教授に聞く「人生100年時代」の幸せな生き方(別タブで開く)

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ジェンダー平等が進んでも、保守的な若者たちがいる理由

――まだ課題は残されているとはいえ、少しずつジェンダー平等が進んできているのではないか、という印象もあります。

多賀:実際にそういう価値観が広がって、制度も少しずつジェンダー平等な方向に変わってきていますね。

その一方で、従来の男女の在り方で特に困っていなかった人たちの中には、「変わる必要を感じないのに無理やり変化させられている」と不満に思ったり不安がったりしている人もいるでしょう。

ジェンダー平等は推進していくべきですが、そういう人たちの気持ちを全く無視するのではなく、時には一定の配慮をしながらジェンダー平等へとソフトランディングできるよう支援する姿勢も必要でしょう。

また、一般に若い世代の方がジェンダー平等の推進に理解があるように思われますが、実はそうとも言い切れません。

例えば、各種の世論調査では、「男は仕事・女は家庭」といった固定的な男女の役割観に対して、若者の方が否定的で、年長者の方が肯定的です。ところが、ジェンダー平等推進に対しては、年長男性に比べて、むしろ若い男性の方が反対する割合が高いのです。

――若者は「ジェンダー平等」意識が高い印象があったので意外です。

年長の男性たちは、良くも悪くも家父長的な考え方を持っていて、固定的な男女の役割観を肯定する一方で、これまで男性が社会的に優遇されてきたことを実感し、女性を弱者であり保護すべき対象であると考える傾向にあるのではないでしょうか。

そしてこの先、女性支援策が進んでも、それによってすでに手に入れた自分の地位が脅かされることは考えにくい。だからジェンダー平等推進策にそれほど反発しない。

一方、今の若い世代の男性たちは、年長世代よりも子どもの頃からジェンダー平等の考え方に触れているので、固定的な男女の役割観には反対する傾向にあります。同時に、ジェンダー平等の価値観になじんでいるからこそ、男として優遇されているという実感が乏しく、ジェンダー平等を積極的に進める必要をそれほど感じない。

そうした中で女性の支援策が行われると、それを「逆差別だ」という感覚に陥りやすいのではないでしょうか。一部の若い男性がアンチフェミニズム的な言動に走ったりする背景には、理解不足とか単なる保守化としては捉えられない、そういった事情もあるように思います。

これまで男性優遇の恩恵を受けてきたのは今の中高年以上の男性です。女性支援策はもちろん必要ですが、その際、若い男性たちの気持ちを汲み取った対応も考えていかなければならないと思います。

――「女はつらい」「男だってつらい」の応酬から抜けだしていかなければなりませんね。

多賀:今お話ししたように、社会的弱者としての女性への支援策に対して反発する男性がいる一方で、男性が「男だってつらい」と語ると、「男性優位の社会で“男がつらい”なんて言うな」「女性の方がつらい」などと批判する女性や、そうした女性の発言を支持する男性も一部にいます。

しかし「男なりの生きづらさ」を抱えた男性の口を封じたところで何の問題解決にもなりませんし、行き場を失った男性たちの不満が女性への敵対心になる可能性だって否めません。

ジェンダー平等が目指すのは、ある性別が他の性別に比べて実質的な不利益や尊厳を傷つけられる状況や、性別を理由に生き方の選択肢が不当に制限される状況の解消です。

ですから「男女のどちらが大変か」という水掛け論ではなく、悩みや苦しみといった生きづらさを男女双方がお互いに声に出し合って、問題の共通の根っこのようなものを見出し、そこを互いに協力しながら変えていく。そうすれば、男女ともWin-Winの関係になれるのではないでしょうか。


ジェンダー平等を実現するための課題について話す多賀教授