時を重ねることの確かさと物語の力を信じて

そもそも果歩さんが被災地に通い続けているのは、東日本大震災のときに、避難所にいた人たちとの交流からたくさんのものを受け取ったから。

「体育館の冷たい床にお布団を敷いている皆さんから『もうニュースは見たくないの。ドラマに出てね』という言葉をたくさんいただきました。どんな状況に置かれていても、人は物語の世界を欲するんだと驚きました。役者の仕事が、人の心とつながっていたことに気付かされました」

ドラマに出たり活動を続けたりする自分を、その人たちがきっと見てくれている。
避難所で一対一のつながりを持てたことが、震災後に「私の仕事なんて人の役に立たない」と無気力になっていた果歩さんの意識を変えてくれました。

そうして同じ避難所を繰り返し訪れるようになった果歩さんに、ひとりの若い女性が5歳の息子さんを亡くした……と打ち明けてくれたことも。
「一緒に泣くしかできなかったけれど、大事な息子さんのお話をしてくださるまでには時間の積み重ねが必要ですし、私が外部の人間だから話せたのかもしれません」

絵本の読み聞かせは、果歩さん自身が好きでやっていること。だから子どもたちに、決して押しつけたくはないと話します。

「何も決めごとはなく、読む絵本もライブ感覚でその場で選びます。子どもたちとのキャッチボールを楽しみたいんです。聞きたい気分じゃない子がいたら、無理をしなくてもいい、自由にしていてほしい。ただ、私自身が映画や演劇の世界に身を置きながら、それを栄養にして自分の人生を歩んでいると思っているので、やはり物語の力を信じているんです。
実人生の中では収まらない感情を、想像の中で自由に解放してあげることが、実人生を豊かにすると思っています。辛い震災を経験した幼少期にふれた物語が、この先の人生のどこかで支えになる瞬間があるかもしれない。そう思って続けています」


街を車で走らせていると、倒壊している建物を幾度となく目にした。


能登の内海に浮かぶ能登島で、七尾湾をイルカがゆうゆうと泳ぐ姿に遭遇。

〈果歩さんが携えた絵本たち〉
たくさん持ってきた中から、読んだのはこちら

① 『あさいち』(福音館書店)
輪島朝市がテーマの絵本。被災地応援で復刊

② 『しろとくろ』(講談社)
猫のしろの「なんで?」がのびやかに描かれる

③ 『ぼく、お月さまとはなしたよ』(評論社)
くまとお月さまの、会話の相手の正体がたのしい

④ 『にじいろの さかな』(講談社)
世界一美しい魚のにじうおが、幸せをもとめて

⑤ 『一生ぶんのだっこ』(講談社)
小ぐまのすべてを包みこむ、肯定の物語

⑥ 『おおきくなるっていうことは』(童心社)
成長すると、心はどんなことになるの?

撮影/枦木 功[nomadica] 文/石川理恵 協力/有永史歩

大人のおしゃれ手帖2024年8月号より抜粋
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