高収入で見た目がいいのはもちろん、幼稚園から名門私立に通い、親子で会社経営という“サラブレッド男子”。
確かに彼らはモテるし、遊ぶ女性には困っていない。
しかし、真剣に相手を探そうと思うと話は別だ。
お金目当てで近づいてくる子や、一見可愛いが本性がわからない子もいる。
選択肢も多い中、彼らは最終的にどんな女性を選ぶのだろうか。
これは、青山学院初等部出身、年収4,000万の港区男子の恋愛ストーリーである。
Vol.1 麻布十番での出会い
「翔馬はさ、いつでも結婚できると思ってるだろ?」
「……」
麻布十番にある『すし家 祥太』で、元太が俺に説教してくる。
前回ここに来たのは、4ヶ月前のゴールデンウィークの頃だった。
次回は必ず女の子…いや、恋人と来ようと心に決めていたのに、今、俺の隣には悪友の元太が座っている。
7席しかないカウンター席のうち、今日は半分が外国人だ。だとしても、こういう場でセンシティブかつプライベートな内容の会話は慎んでほしい。
― これだから、普段うまいもの食ってないヤツは…。
俺は、元太に聞こえるように大きくため息をつく。
「32歳って、うちの会社だったら9割が結婚して子どももいるぞ。モテるからってずっと遊んでいたら、あっという間にジジィよ」
しかしそんな攻撃は効かず、元太は日本酒を飲みながらニヤニヤしている。
「あのね、うるさいよ。俺は今、コハダを全身全霊で味わってるの」
「じゃあ、味わいながら聞いてくれよ」
「無理。それに、お前もまだ独身のくせに」
「でも8年も付き合ってる彼女がいま〜す」
「…」
元太とは青山学院幼稚園時代から大学まで一緒で、親同士も同じ青学初等部出身で仲が良いから、本当の兄弟のような仲だ。
俺の父親は、千駄ヶ谷でアパレルやジュエリーの企画や製造販売の会社を経営していて、俺も同じビルでOEM/ODMの会社を経営して5年になる。
元太は広告代理店の営業。俺と違って雇われている側だが、給料は悪くないし、ボーナスも結構な額なはずだ。
でも、昔からかなりのケチ。だからずっとバカ舌。
― ハンバーグと唐揚げがご馳走な元太よ、もうここに連れてくるのはやめとくな。
そう思った次の瞬間だった。
「あの…」
黙々と食事をしていた隣の席の男性が、口を開いた。
「こちらにはよく来られるんですか?」
男性に話しかけられ、俺と元太は顔を見合わせる。
年齢は、50歳くらいだろうか。
黒ぶちメガネにパーマが特徴的で、体は縦にも横にも大きく、一度見たら忘れられない風貌をしている。
「…僕は何度か来させていただいていて。彼は今日が初めてです」
そう答えると、男性の顔がほころぶ。
「そうですか!ここ、本当に美味しいですよね。僕もお鮨大好きなんですが、一緒に行ってくれるグルメ友達が少なくて…」
男性はそう言うと「秋山雄三郎 AKYM-DINING,INC. 代表取締役」と書かれた名刺を差し出した。
― 飲食店オーナーか…。
そう思っていると、元太が笑顔で秋山に食いつく。
「おぉ。社長さんなんだ、すごい!こいつ…翔馬も一応アパレルの会社やっていて社長なんですよ。やっぱり港区は経営者がゴロゴロいるなぁ」
さすが営業マンだ。口を開けば、お世辞がすらすらと出てくる。
「そうなの?若いのにすごいね。それは女の子たちが喜びそうだ」
― 女の子たち…?
疑問に思いながらも、俺は秋山との会話は最小限にして、目の前の握りに集中する。
カウンター席のみの店だと、こういう一期一会はよくある。しかし、あくまで今日の主役は鮨。
この店の鮨は、繊細でありながらしっかりと旨みを感じられる逸品であり、味を覚えていないなんて事態は避けたいのだ。
「いやぁ、親友が稼いでてラッキーだわ。ありがとな、翔馬」
「はいよ」
食事が終わり、俺は元太の分も会計を済ませる。
高級店に行ったときは、大抵俺がおごることになっている。なぜなら年収は4,000万程度と元太より明らかに稼いでいるからだ。それに去年、会社をひとつ8億円で売却したからそれなりに余裕はある。
そのことを知っているからか、同級生におごってもらうことに対し、彼は何の引け目も感じないらしい。時々、その能天気さがうらやましくなる。
「はぁ、美味しかったな……あれ?さっきのおっさんだ」
店を出て、青山の自宅までタクシーで帰ろうとした時、薄暗い道の端っこにメガネパーマが佇んでいるのが見えた。
軽く会釈をすると、秋山が近寄ってきた。そしてそのまま彼に誘われ、近くのバーへ行くことになった。
「それでは、十番での出会いに乾杯!」
店で女性に声をかけて一緒に飲むことはあるが、初対面の年上の男性に誘われるのは初めてだ。
でも、業種が違っても俺と秋山は経営者同士。話がまったく合わないこともないだろうし、元太が乗り気だったので、場の雰囲気に流されてやった。
「翔馬くんが飲んでいるのは、グレンリヴェットの21年か。知ってるかな?20年の記念ボトルが…」
「秋山さん!」
秋山はウイスキー通なのだろうか。ウンチクを語り始めたところで、元太が勢いよく遮った。
「そんなことより、鮨屋で言ってましたよね」
「ん?」
「翔馬が経営者だって言ったら、女の子たちが喜びそうだって。そこ詳しく」
「あぁ…」
秋山は、目の前に置かれたマッカラン18年のボトルを眺め、ロックグラスを回しながら言う。
「どうだろう?美食と美酒と美女の会に参加する気はないかい?」
「……」
「び、びしょく?」
何を大層なことを言うのかと思ったら、要は食事会の誘いだった。
元太は3秒後に理解し、秋山に体を向けコクコクとうなずいている。
「ちょうどよかったです。こいつ、いや翔馬が彼女大募集中で。あ、でもそれなりの子じゃなきゃダメですよ。容姿はもちろん、中身もそれなりな…」
元太が眉毛をつり上げて調子に乗った発言をするので、俺は軽く頭を叩く。
― 確かに、彼女は欲しい。もちろんモテないわけじゃないし、彼女も作ろうと思えばすぐできる。けれど、怖いのだ…。こっちが本気になった途端、実はカネ目当てだったことが判明した過去が、フラッシュバックするから。
「あはは。もちろんそこは任せてよ。僕も素敵な女性しか友達にならないし、彼女たちを楽しませてあげたいからね」
― 何者なんだ?この男は…。
そう怪しむ間もなく、元太と秋山は食事会の話で盛り上がっている。
「はぁ…」
俺は、適当に相づちを打ちながらロックグラスを口につける。
これまで何回、女性とそういう会をしてきただろう。
しかし、幹事の女の子が結局一番可愛くて、落胆することがほとんどだった。
さらに、その子が実は俺のことが好きだったというオチも何度も経験している。
ハズレの飲み会に時間と金と肝臓を使うのは、ウンザリなのだ。
しかし、出会いが減ってきたのも確か。
「翔馬、いつ暇?てか行くよな」
「しょうがないな。お前は彼女にバレないようにしろよ」
「よかった。じゃあ、InstagramのDMか…LINE交換しますか。場所は私が決めますね」
「はい、わかりました」
だから、秋山の誘いを断れなかったのかもしれない。
◆
「いやぁ鮨もうまかったし、秋山っちとも出会えていい夜だったな」
麻布十番の商店街を歩きながら、元太は赤ら顔で俺の肩をポンポンと叩く。
「でもさ元太。あの人、美女を斡旋してるヤバい人だったらどうするよ。紹介料とか請求されたりして…」
俺がワザと怖い表情をすると、元太は「まじかよ」と顔を引きつらせた。
その純粋に信じる姿が面白くて、道端で大笑いしてしまったその時…。
「きゃっ!」
「わ!すみません!!大丈夫ですか?」
笑いすぎて前をちゃんと見ていなかった俺は、人とぶつかってしまった。
「大丈夫です。こちらこそ、ごめんなさい」
セリーヌのキャップにすっぽりと収まっている小さい頭、細いウエストの割にしっかり大きさのあるヒップ、甘さ抑えめの上品なフローラルの香り…。
一瞬で、いい女だとわかるその人は、俺の顔を見ることなく立ち去ってしまった。
「おい翔馬、見たか今の」
元太が目をキラキラさせながら言った。
「え?あぁ。THE港区って感じだな。可愛かったけど」
「そうか?この辺はプードルばっかだろ。そこそこ珍しいぞ。ビションフリーゼは」
「なんで犬の方に心を奪われてるんだよ」
「さすが港区の犬は、ちゃんと綺麗にカットされてるわ。かんわいいなぁ〜モフモフちゃん」
俺はまた元太の言動に笑わされながら、今すれ違った女性のことを思っていた。
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秋山が企画した食事会が開催されるが…