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 小児血液がんにおかされたフランス人少女エミーは2022年3月、7年に及ぶ闘病生活を経て亡くなった。農薬被害者補償基金が、エミーの死亡と母親ロールの妊娠中の農薬への暴露の因果関係を認めたのはエミーが亡くなって1年以上経ってからのことだった。胎児の健康を損なうほどの農薬にさらされるロールの職業とは。意外にもそれは花屋だった。

◆炭のように真っ黒な胎盤に

 エミーを妊娠中、ロールは生花の卸売会社で働いていて、毎日、花きを受け取って倉庫に収納したり、小売業者に配送するトラックに積み込む作業を行っていた。妊娠中の健康状態は万全とはいえず、出産もスムーズではなかった。ロールによれば、エミーは生まれた時紫色で、産声も上げなかったという。出産に立ち会った医者によれば胎盤は炭のように真っ黒で、ロールはある産婆に妊娠中に麻薬でも使用したのかと聞かれたという。麻薬はおろかタバコもお酒も摂取していなかった。(フランス・アンフォ、10/9)

◆フランスで売られている花の85%は外国産

 2022年のデータによれば、欧州は世界の切り花輸入の6割近くを占めている。切り花輸出の筆頭国はオランダで41.9%を占めるが、そのあとに続くのはコロンビア、エクアドル、ケニア、エチオピアという南米と東アフリカの国々で、4ヶ国の合計がオランダに匹敵する41.52%を占める。フランスでは、市場に出回る生花のうち85%が外国産だ。

 欧州連合(EU)は、域内の生産について使用可能な農薬や量を制限しており、輸入食品である果物や野菜についても残留農薬の上限を定めている。だが、花きは食品ではないため、残留農薬の上限を定める規制が存在しない。そのため、輸入された花きの多くは残留農薬を大量に含み、そのなかにはEU内で使用が禁止されている農薬も含まれている可能性があるという。

◆設定されていない最大残留農薬基準値

 三菱ケミカルリサーチは2023年、農林水産省の委託事業として、海外の農産物の残留農薬基準値に関する報告書をまとめている。それによれば、EUのみならず、香港、中国、アメリカにおいても観賞用花きに対する農薬の最大残留基準値(MRL)は設定されていない。また報告書が紹介する2021年発表のペレイラらの研究も、「花き類に対する農薬の限界値(中略)は、切花の代表的な輸入国であるEU、アメリカ、香港、日本、ならびにエクアドルやコロンビアなどの輸出国ともに設定されていない」としている。

 農水省が発表した2020年のデータによれば花きの国内供給のうち、国内生産(金額ベース)は約87%、輸入は約13%と、日本で売られている花きはほとんどが国産品だ。だが、観賞用輸入花きに農薬のMRLが設定されていないことは覚えておきたい。

◆農業従事者よりも高いリスク

 観賞用花きを多く輸入するEUでは、このMRLの不在が、花き産業従事者の健康を脅かすものとして認識され始めている。

 2019年に発表されたベルギーの研究では、4年にわたり花屋約30店の協力を得て残留農薬の調査を行った。その結果、花束から117種、花屋が手にはめていた綿の軍手から111種、花屋の尿から70種の残留農薬が検出されたという。

 つまり、これらの国の花屋は安全とされる基準を大きく上回る種類と量の農薬にさらされるリスクを抱えている。EUで禁止されている物質も含むため、そのリスクは農業従事者よりも高い。しかも、当事者のほとんどはそのリスクを知らず、保護具を用いるなどの防御策も取っていない。(フランス・アンフォ)

◆生産国の健康被害リスク

 当然ながら、生産国の健康被害リスクも非常に高い。世界各国・地域における花きや農産物認証の状況を調べた青木恭子氏による調査報告書によると、エクアドルの生産地周辺では児童の発育阻害が頻発しているという。同国では以前から「花き農場で働く母親の妊娠中あるいは幼少期の農薬曝露が、子供の神経行動発達に影響を与えるリスクに警鐘が鳴らされてきた」が、十分な対応はされていない。(青木恭子(2019)『世界の花き認証~環境・社会認証の普及と多元化する「品質」』国産花き日持ち性向上推進協議会)

 報告書によれば、エチオピアの花き生産における農薬問題について博士論文を著した、オランダのヴァーヘニンゲン大学研究者のメンギスティ氏は、その中で「エチオピアは農薬規制の法律が整っておらず、農家は未登録農薬を輸入業者から購入しており、輸出先で認可されていない農薬や、WHO により急性毒性があるとされる農薬(内分泌かく乱物質や人間への発がん物質を含む)も使われている」と明言している。労働者の安全対策も不十分で、「不浸透性のゴーグル使用は13%のみで、調査対象のすべての農薬散布担当者が、散布後、目への刺激、視力低下、皮膚炎、頭痛、腹痛を訴えて」いるという。

◆花の品質とは何か?

 それでも報告書によれば、ヨーロッパを含む海外では、近年、花の品質として、環境・社会品質や経営品質も考慮される傾向となっている。つまり、「地球のどこであれ環境や人権を軽視して生産される農産物や製品は、いかに美しく外的内的品質が高くても、総合的にみて「高品質」とはみなされなくなってきている」のである。

 他方、日本ではいまだに花の品質としては、見た目や日持ちばかりが重視されており、「日本における花きの基準認証の水準は、欧州だけでなく、コロンビアやアフリカの主要生産国の後塵を拝しており、10~20年は遅れた段階にある」という。

◆輸入国の規制は生産国の労働者も守る

 輸入国が花きの残留農薬基準を定めることは、花屋などの職業に就く人や消費者を守るが、それだけではない。生産国の土壌や労働者も守ることになる。

 上述の三菱ケミカルリサーチの報告書は「切り花及び盆栽の農薬規制」に関する章において、過去のさまざまな調査を要約している。そのうちの一つのブラジルの研究(2021)は、「花きに対して(残留農薬の)規制値を設定することは、生産国での農薬使用を低減することも可能であろう」と述べている。