世帯年収1000万円弱でも生活は苦しい…“底辺マンション”の清掃員として働く38歳主婦の嘆き

 会社や役所、駅、学校のトイレで清掃員を見かける。小便、大便をしたり、ごみを出すのは人が生きていくうえで極めて大切で、最も基本的なこと。だが、新聞やテレビ、雑誌ではその最前線にいる清掃員を大きく報じることは少ない。

 今回は、マンション清掃の現場でパート社員として働く女性に取材を試みた。マンション清掃は、大きく2つに分けられる。1つは、大型マンション。この清掃会社では8階建て以上で、住居は40室以上がその対象となる。

 もう1つは、それよりも小さなマンション。大型のマンションには、1日につき2~3人の清掃員が関わる。小さなマンションは、通常は1人。業界では、「1人現場」と言われる。今回の取材対象は、この1人現場に勤務する女性となる。

◆ごみの分別ができていないマンション

 午前5時50分、都内北部にある3階建てで、50室のマンション。ほとんどの部屋の家賃が10万円前後で、独身者が多い。周囲は住宅街で、静まり返っている。パート社員の東谷陽子(仮名・38歳)が自転車で到着する。自宅は、ここから自転車で5分程にある。

 東谷の勤務は、午前9時までの3時間。時給は1500円。月、火、木、金の週4日。これらは、市のごみ収集日であるので勤務日となる。月給は平均7万円。まず、マンションの横にあるゴミ庫からごみ袋を出して、市の収集車が取りやすいように並べる。住人が出すごみ袋は多い日で40袋ほど、少ない日は20袋ほど。

 分別ができていないごみ袋を並べても、収集車は持っていかない。たとえば、燃えるごみ袋の中に、ペットボトルや缶、ビンが3~5本入れてある。これらの中にティッシュペーパーやお菓子がつっこんであった。

◆世帯年収1000万弱でも苦しい生活

 東谷が取り除くのだが、1本につき数分はかかる。急いで割り箸を入れて、ティッシュペーパーをほじくり出さざるを得ない。ゴミ庫の前での作業になるので夏は汗が吹き出し、冬は寒さのため、手がかじかむ。

「中学2年の息子と小学5年の娘がいて、いずれも私立に通っています。夫は、中堅の出版社に正社員として勤務し、月給は50万円前後。賞与は、年間で毎月の給与の約6か月分になりますが、数年前に購入した自宅や車のローン、2人の子の養育費や今後の学費、夫の両親へ送る仕送り、貯蓄を考えると、この収入では生活が苦しい。私は個人事業主としてウェブデザイナーを自宅でしているのですが、月に平均5万円程の収入にしかならない。私や子どもたちの小遣い稼ぎにでもなればと思い、2年前からここで働いています」

◆使用済み避妊具や大人のおもちゃ

 分別で最も困るのは、直視できないものがある時。たとえばプラスチック製の包装を捨てる袋に便がついたパンティーやパンツが入れてある。洗っていないのだ。使用済みの避妊具もあった。これらは本来、燃えるごみだ。

 女性の性器を実物大にした“大人のおもちゃ”もあった。これは、不燃物である。同じ袋に、アイドルグループのCDも入っていた。これは、燃えるごみだ。

 怖いのが、燃えるごみの袋にカミソリやカッターナイフが、刃をむき出したままで入れてある時。血がついたままのカミソリもあった。厚手のビニール手袋をはめてはいるももの、うっかり触ると手を切る場合がある。実際に過去に数回切った。

「さらに怖かったのは、包丁を薄いタオルに包み、プラスチック製容器包装を捨てる袋に放り込んであった時。厚手の紙できちんと巻き、“危険”と書いて、不燃ごみとして出すべき。私は怒りでキレる寸前になり、私が労働契約をする清掃会社のマネージャーに電話し、改善を訴えました」

◆使用済みの注射針の捨て方は?

「マネージャーは発注者である管理会社を刺激したくないからか、反応をしなかったです。その後もメールを送り、改善をしつこく求めると、ようやく管理会社に電話し、了解を得て、ゴミ庫の壁やドアに事情を説明した文書とごみの分別を求める文書を貼ったのです。

 清掃員が独自の判断で書いて貼ると、住人や管理会社とトラブルになりうるのです。ここ数か月は包丁がなくなったのですが、依然としてカミソリやカッターナイフが、刃をむき出しのままで入れてあります」

 不気味であるのは、注射器だ。プラスチック製容器包装を捨てる袋にむき出しで入れてあった。針の先に液がついていた。

「きっと糖尿病の注射じゃないかな。医療機関や薬局などの医療機関に処理を依頼するか、新聞紙などで包んで燃えるごみに入れないといけないはず。針が手に刺さらないように気をつけているけど、怖いから分別をしてほしいな」

◆ごみの分別を根本から知らないから

 古紙として出すのが、ダンボール。中身を出して畳んでゴミ庫に入れるはずが、中の発泡スチロールを入れたまま、捨ててあることがあったという。しかも、とても強力なビニールテープでまとめて包装している。

「きっと家電製品を購入し、それを取り出して、ゴミ庫にそのまま出した」と東谷は見ている。頑丈なテープをカッターで切り、畳むのに10分はかかる。こんなダンボールが、多い日は5個を超える。

 倉庫前に並べ終えるのは、午前7時半前後。1時間半もかかる。その後、エントランスと3階から1階までの階段や廊下の掃き掃除をする。階段や廊下の水拭きは、週に1回。手すりや郵便物入れは毎日、水拭きをする。これらを終える頃に午前9時となる。敷地内の草むしりは、1か月に数回しかできない。ゴミの分別で時間をとられるためだ。

 マネージャーにはその旨を書いてメールを送るが、こんな返答が来る。「独身者が多いので、ごみは少ないはず」「外国人が数人住んでいるから、分別ができていないのかもしれない」「家賃が10万円を超えるから、独身者でも生活水準が比較的高い。分別は、ある程度はできていると思う」。

◆住人の誠意を感じるごみ

 東谷は、バカバカしくなる。結婚の有無や国籍、収入額ではなく、分別を根本から知らないのだと思う。東京都、市役所や管理会社、清掃会社が丁寧に繰り返し説明をしていないところにこそ、問題があるとも考えている。

 それでも、分別の仕事をするのは生活費を稼ぐためである。そして、心を打たれたことがあるからだ。プラスチック製容器包装を捨てる袋に、オーブントースターがつ1入っていた。20を超えるねじをドライバーでゆるめ、バラバラにしてあった。しかも、トレイや焼き網、本体をそれぞれハンマーらしきものでたたき、ぺちゃんこに潰してある。電源コードは、5センチごとに切ってあった。

「きっと3~4時間かけて、ここまでバラバラにしたのだと思う。たぶん、ほかのごみからして会社員だったはず。仕事を終えてから、マンションの部屋で懸命にこわしたんじゃないかな。大変だった気がする。入れる袋は不燃物にすべきだけど、住人の誠意を感じるから腹が立たない。私もきちんとしないといけない、と思った」

 

 家では2人の子にごみの分別を実体験にもとづき、説明し、教えている。さすがに大人のおもちゃは言えないが、可能な限りでリアルに伝えている。ゴミの分別の最前線では東谷のような清掃員がいる。私たちが生活できるのは、この人たちのお陰でもあるのではないだろうか。

<TEXT/村松剛>

【村松 剛】

1977年、神奈川県生まれ。全国紙の記者を経て、2022年よりフリー