150年の歴史を持つシャンパーニュメゾンが、星付きレストランと至高のペアリングを提案!

1874年、他に先駆けて辛口シャンパーニュの“ブリュット”を世に送り出したポメリー。それは美食との相性を意識してのことだった。

それから150年。『京都吉兆』の徳岡邦夫総料理長と『TOUMIN』の井口和哉シェフによる、日仏料理とポメリーのシャンパーニュとのペアリングを探るワークショップが、東京で開催された。

ラグジュアリーな美酒と美食の世界を、東カレがレポートする!

シャンパーニュを語る上で知っておきたい、マダム・ポメリーという人物



フランスのシャンパーニュ地方の中心にあるランスという街。そのサン・ニケーズの丘にエリザベス朝様式の建物を構え、地下にはガロ・ローマ時代の石切場を利用した総延長18キロにもおよぶ熟成庫をもつのが、今回の主役、シャンパーニュの名門メゾン「ポメリー」だ。

シャンパーニュの世界で未亡人の活躍は枚挙に暇ないが、マダム・ポメリーもそのひとり。

19世紀後半、メゾンを発展させたマダム・ポメリーは慈善事業に取り組み、貧しい家庭の子供でも無償で教育が受けられる学校を設立したという。

また文化芸術の保護にも熱心で、ミレーの傑作『落穂拾い』を当時としては破格の30万フランで買い取り、すぐさまパリのルーヴル博物館に寄贈。フランスの至宝が外国に流出するのを防ぐためだった。

では、メゾンを成功に導いたマダムのシャンパーニュビジネスにおける最大の功績とは何か?それは1874年に他のメゾンに先駆け、辛口シャンパーニュの“ブリュット”を発売したことだ。

ポメリーが打ち出した、英国人が好む味わいとは?



今では信じられない話だが、その昔、シャンパーニュは甘口で、1リットルあたりの糖分は200グラムが当たり前。

というのも19世紀前半までシャンパーニュの大のお得意先は帝政ロシアで、ロシア貴族はシャンパーニュをデザートタイムに楽しむのを好んでいたから。

一方、七つの海を制覇する大英帝国ではシャンパーニュの飲み方が異なった。

ワイン愛飲家の多い彼の国では、シャンパーニュもワインと同様、食中に料理と合わせて飲む習慣が生まれつつあった。そうなると過度な甘みは邪魔になる。そこで英国人の嗜好に合わせ、マダム・ポメリーが開発したのが“ブリュット”というわけだ。

まさに、美食向けのシャンパーニュの嚆矢といっても過言ではないだろう。

豪華なイベントには、星付きシェフが大集合!



昨年から、『京都吉兆』とシャンパーニュと日本料理の新しい価値観を見出すためのコラボレーションを展開するポメリー。

今回は著名店のシェフやソムリエを招き、『京都吉兆』徳岡邦夫総料理長と、発酵をテーマとするモダンフレンチ『TOUMIN』の井口和哉シェフのふたりが、ポメリーの各シャンパーニュに合わせて料理を創作するワークショップを開催した。

招かれたのはコンクール優勝歴を誇る著名ソムリエのほか、『かんだ』の神田裕之料理長や『神楽坂 石かわ』の石川秀樹料理長、『レストラン ナベノ-イズム』の渡辺雄一郎シェフや東京會舘『レストランプルニエ』の松本浩之シェフなど錚々たる顔ぶれ!

さて、最初のシャンパーニュは「ポメリー アパナージュ ブリュット 1874」。これに合わせて徳岡総料理長が考案した料理は「雲丹 夏野菜 玉ねぎジュレ」、井口シェフの一品が「甘エビとパプリカのエッグタルト 発酵トマト」。

「アパナージュ ブリュット 1874」は、ポメリーが初の辛口シャンパーニュ“ブリュット”をリリースした1874年から、今年で150周年を迎えることを記念して誕生した一本。

2018年をベースに、2015年と2012年のリザーヴワインをブレンドし、瓶内熟成期間は4年以上。仕上げの糖分添加をひと桁台の1リットルあたり8グラムと低めに抑えた、まさにブリュット中のブリュットだ。

“京都吉兆”が提案するのは、贅沢にウニを使った逸品!



徳岡総料理長の皿は、ミョウバンの匂いをとるため昆布出汁に漬けた生ウニに、細かく刻んだズイキ、レンコン、長イモ、イブリガッコなどの夏野菜を添え、カツオ出汁に玉ねぎと生姜を加えた土佐酢のジュレで絡めたもの。

日本料理とシャンパーニュのペアリングについて、「文化が違うので難しいと思っていました。だから、シャンパーニュと合わせる際にはいつもぶつからないこと、邪魔にならないことを念頭に料理を仕上げています」と、やや消極的にも聞こえるアプローチながら、いやいやどうして。

海を連想させる雲丹のヨード香とシャンパーニュのミネラル感がみごとなハーモニーを奏でている。

意見を求められた銀座『レカン』の近藤佑哉ソムリエも、「食材の引き立て方が素晴らしく、シャンパーニュに寄り添うように仕上げられた料理」と大絶賛。

軽やかなアミューズはシャンパ―ニュとの相性抜群



一方、井口シェフは、「スナック的にさくっと食べられる温かな料理を考えました。『アパナージュ ブリュット 1874』はとてもバランスのよいシャンパーニュ。あえてシャンパーニュにない味わい要素として、パプリカのスパイシーさをもってきました」という。

「優しい料理なのに、正面からぶつかっていくペアリング」と近藤ソムリエ。

ワインと料理とのペアリングには、シンクロ(同調)とコントラスト(対比)のアプローチがあるといわれるが、シンクロを追求した徳岡総料理長に対し、井口シェフはコントラストを狙った形だ。

蛤がもつ磯の旨みと、シャンパーニュのミネラル感が最高のマリアージュに



次のシャンパーニュは「ポメリー アパナージュ ブラン・ド・ブラン」。シャルドネ100%のブラン・ド・ブランだが、珍しいことにピノ・ノワールの聖地であるモンターニュ・ド・ランス地区のシャルドネもブレンドしているのが特徴。

合わせた料理は徳岡総料理長の「蛤潮椀」。前日から10~12時間かけて水出しした昆布で出汁を取り、切れ目を入れた蛤に火を通した椀もの。カンボジアの有機コショウや木の芽で風味を整えている。

この椀が磯っぽいミネラル感の強いブラン・ド・ブランに合わないはずがない。

「ロジカルテイスティング」で知られる『An Di』の大越基裕ソムリエも、「フレーヴァーの点で日本料理はワインやシャンパーニュと合わせるのが難しいと考えられがちですが、日本料理とシャンパーニュには“うま味”という共通項があります」と語る。

瓶内熟成中、澱(発酵の役目を終えた酵母)とともに寝かされるシャンパーニュは、酵母の自己消化によりアミノ酸が液中に蓄積される。これがうま味成分だ。

ミネラルとうま味のダブル効果で、完璧なシンクロを決めたペアリングとなった。

伝説的なヴィンテージである2005年の一本を合わせて



3本目にはポメリーが誇るプレステージキュヴェ「ポメリー キュヴェ ルイーズ 2005」が登場。

シャルドネはアヴィーズとクラマン、ピノ・ノワールはアイといずれもグラン・クリュ。さらに区画にまでこだわり、細心の注意をもって造られた贅沢なキュヴェ。2005年の単一ヴィンテージで、ポメリーのピュアさを追求し長期熟成が施されている。

収穫からすでに20年近くを経ているにもかかわらず、フレッシュ感を少しも損なうことなく、複雑で緻密なレイヤーを重ねたフレーバーが素晴らしい。

この偉大なシャンパーニュに合わせ、井口シェフが手がけたひと皿は「真鯛のムニエル 発酵白菜と白ビーツ」。1週間寝かせた5キロサイズの鯛をムニエルにし、塩で発酵させた白菜にバターを加えてソースにした料理。

白身魚の女王というべき鯛を素材に、熟成によりうま味を増幅。長期熟成させた「キュヴェ・ルイーズ」との同調を図る。

『ファロ』の浜本拓晃シェフは、「ソースの酸味と塩味がポイントと感じました。酸味で同調させながら、あえてシャンパーニュが持っていない要素の塩味を加えたことが、とても良い効果をもたらしています」という。

ボリューミーな肉料理に合わせたシャンパーニュとは?



4本目は7つのグラン・クリュのブドウのみから造られる単一ヴィンテージの「ポメリー ミレジメ グラン・クリュ 2009」。

2009年という太陽に恵まれたヴィンテージを反映し、「球体のよう」とマダム・ポメリー賞を受賞した「パレスホテル東京」の山田琢馬ソムリエ。「15年の熟成を経ても若々しく、香りのレイヤー感が素晴らしい」という。

料理は徳岡総料理長に戻り、「厚切り平井牛シャトウブリアン 低温調理しゃぶ 鶏汐出汁あんじ」。

京都の平井牛をしゃぶしゃぶといいながら薄切りでなく、豪勢にも厚切りに。鶏に塩をまぶして出てきた酸化した体液を洗い流し、それを煮込んだスープであん仕立てにしている。トッピングには万願寺とうがらし。

ここでも決め手は「うま味」に違いなく、鶏汐出汁のうま味が2009年のミレジメと同調。牛肉にも負けない力強さは、ボリューム感のある2009年ならではであろう。

「植物性、動物性のうま味が出汁の量や濃さまで緻密に計算されていることに驚きました」と『ナベノ-イズム』の渡辺シェフ。

フレンチのシェフにとっても日本料理の「うま味」はおおいに参考になる模様だ。

もちろん〆のデザートにも、シャンパーニュを



最後のシャンパーニュは「ポメリー アパナージュ ブラン・ド・ノワール」。黒ブドウのムニエとピノ・ノワールのみから造られたこのキュヴェはフルーティでパワフル、と同時にエレガントさも兼ね備えている。

もちろん辛口だが、ラストを飾るひと皿は、井口シェフの「ネクタリンのコンポート ジャスミンの花 発酵はちみつのクリーム」というデザート。

「ジャスミンで清涼感を醸し出し、ヴァニラとロングペッパーのジュレでスパイス香を添えました」と井口シェフ。

パワフルかつエレガントというアンビバレントなシャンパーニュには、同調と対比をうまくコントロールすることでデザートととも合わせることが可能という、高度なペアリングのよいお手本である。

今回の試みを総括して、『神楽坂 石かわ』の石川料理長は、「シャンパーニュが美味しいと思い始めたのはここ2年くらい。ところがその頃からシャルドネの樽香が辛く感じられるようになってきたんです。私たちのつくる和食は素材そのもののよさを引き出す料理。シャンパーニュは和食がもつ自然のままの風味を生かし、寄り添ってくれる飲み物ということを再発見させてくれました」。

フレンチに限らず日本料理にも、いや日本料理にこそコースを通して楽しめることを証明したポメリーのシャンパーニュ。

とりわけ新アイテムの「ポメリー アパナージュ ブリュット 1874」は冷前菜からメインの肉料理まで、これ1本でコース全体とのペアリングも可能なヴァーサティリティの高さが印象的だった。

マダム・ポメリーが発案した美食のための“ブリュット”は、150年を経た現代、世界中のあらゆる食との可能性を引き出している。



文・柳 忠之