2022年に八ヶ岳の森の中に山小屋を建て、愛犬ゆりねちゃんとの暮らしをはじめた作家の小川糸さん。
山にはひと足早く秋が訪れ、実りの収穫や蓄えなど長く厳しい冬を迎える準備が始まっていました。

今回お話を伺ったのは・・・
作家
小川 糸さん
1973年生まれ。デビュー作 『食堂かたつむり』(2008年)はイタリア、フランスで賞を受賞。以来30冊以上の本を出版し、海外出版も多数。『ツバキ文具店』『キラキラ共和国』『ライオンのおやつ』は、「本屋大賞」候補に選出される。最新作は『小鳥とリムジン』(ポプラ社)。

「3回目の秋を迎え、やっと山小屋が自分の居場所になった気がします」と話す小川さん。
これまでは、森の営みに割り込んだ〝よそ者〟という感覚があったのだとか。

「昨年の秋から丸一年をこの山小屋で過ごし、自然との一体感が持てたと思う」と微笑みました。小川さんが八ヶ岳に移り住んだのは、コロナ禍がきっかけでした。それまでは東京とベルリンの二拠点暮らしで、ロックダウン直前にベルリンの住まいを引き払い、東京での自粛生活へと突入しました。

「都内のマンションに籠って暮らしていると、生きるために必要なことを次々と忘れている気がしたんです。この先、ひとりで生きて行くと決めたこともあり、自然の中で生きる力を培いたい、と閃きました」

もともと小川さんは東京の暑さが苦手で、夏を涼しく過ごせる土地を探すことは急務でした。そこで、山で暮らすことを思いつき、軽い気持ちで八ヶ岳の不動産屋を訪れました。

そこからはまさに怒涛の急展開で、気力と体力があるうちに「自然から学びたい」と、標高1600mという高地の購入を決め、建築家と打ち合わせを重ねて、一年半後には念願の山小屋が完成します。

さらに、車がないと生活が成り立たないため、47歳で自動車教習所に通い、運転免許も取得しました。こうして、山小屋暮らしを始めて3年が経ち、「生きる知恵と力が、そこそこついた気がする」という小川さん。暮らしが大きく変わったことで、体に嬉しい変化もあったとか。

「長年、隔週で整体に通うほど悩まされていた肩こりがなくなっていたんです。山小屋で庭仕事に夢中になり、地面にはいつくばっていたら肩がほぐれたみたいです。東京では目や頭ばかり使っていて、体を全然動かしていませんでしたから。庭仕事のおかげです」

土に触れる喜びを知った小川さんは、より植物を育てやすい山の麓に土地を見つけ、現在、野良小屋と畑の準備を進めています。

「冬山も美しくて好きなのですが、厄介なのが〝八ヶ岳おろし〟。強い北風で日中でも氷点下が続くので、避難できる小屋を里に用意しておきたかったんです」
過酷な冬の山も好きだという小川さん。ひと気のない山小屋で暮らすことに不安はないそうで「自分が倒れることも死ぬことも恐れていないし、その時はその時」といいます。

だからこそ雑念を持つことなく、「日々生きること」に集中でき、その力強く生きる姿が輝いて見えるのでしょう。


建築家・丸山弾さんの設計で、外壁に地元のカラマツを使用。
「自然になじむ家づくりを行っている方で、地元の素材で自然と調和した小屋にしたいという願いが叶いました」。


薪の用意や火種となる松ぼっくりを集めるのが秋一番の大仕事。


「春にソーラーパネルを設置した際、屋根にかかる枝を落としたので、チェーンソーで切って小さな薪も作っておきました」


森に共存する野生の鹿たち。
「食欲旺盛で森を食べ尽くすので、枝をまとめて置いて嫌がらせをしたり、地道に知恵比べをやっています」

冬籠りの備え

秋は、セーターに袖を通せるようになる嬉しい季節。同時に、冬までにやっておかないといけないことが沢山あり、毎日大忙しです。

野菜の保存食を作ったり、枯れる前に庭のハーブを収穫して蒸留したり、味噌を仕込むのも、冬前の大事な仕事。
慌ただしく、そしてあっという間に秋は過ぎ、季節は冬へと進んでいきます。

薪ストーブの窓掃除


炎が見えないと楽しみが半減するためススで黒くなった窓をクリーナーでお掃除。


「秋の始めは感覚を忘れていて火を点けるのが大変。ご機嫌をみながら、松ぼっくり、紙、小枝、薪をくべ、炎を育てていきます」。灰は畑の土に混ぜて再利用。

秋・冬・春のセーターを準備


東京で出番がなかった厚手のセーターが山小屋では必需品に。
「ラトビアの白いケーブルニットは真冬に。青い気仙沼ニットは春先に。ウールのニットは軽くて動きやすくてとても温か。気候に応じて好きなニットを着る楽しみができました」

蜜蝋キャンドルを作る


蜜蝋に熱を加え、キャンドルに形成。精油を加えてアロマキャンドルにすることも。


「日暮れが早くなる冬は、優しく照らすキャンドルに癒されます。ゆくゆくは自分で蜜蜂を育て、蜜蝋も採れるようになりたいですね」

大好きな胡桃をストック


「八ヶ岳は胡桃の産地。秋になると豊富に出回るので一年分を買いためておきます」。
殻は油分を含むので、薪ストーブへ。胡桃割り器はもうひとつの拠点にも同じものを置いてあるほどのお気に入りで、フィンランドとベルリンで購入。

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薬草をハーブウォーターに


「タイムなどの庭のハーブは枯れる前にまとめて収穫して蒸留し、石けんや化粧水、キャンドルを作る際に加えています」。


銅製の蒸留器は、蒸したハーブの蒸気を急速に冷やしてエキスを抽出する仕組み。
山小屋暮らしを始めた頃に購入。

庭の冬支度


山小屋は標高1600mの原生林のなか。
野生の鹿が群れで来る厳しい環境がゆえ、植えた植物が無事に育つかどうかは探り探り。


「庭の植物たちには、落ち葉のお布団をかけ、サフランは春を待たずに顔を出すので、球根を植えておきます」

撮影/枦木 功[nomadica] 文/坂口みずき

大人のおしゃれ手帖2024年11月号より抜粋
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