元駐米大使として長年外交の最前線で活躍してきた藤崎一郎氏。「考える力」には「伝える力」「聞く力」も不可欠だと語る。自身の経験を交えながら、予測が困難な現代の国際社会で生き抜くために必要な教育について紐解いていく。※本記事は、高宮敏郎氏の著書『「考える力」を育てるためにSAPIXが大切にしていること』(総合法令出版)より一部を抜粋・再編集したもの。

対談者:北鎌倉女子学園理事長・藤崎一郎氏

藤崎一郎(ふじさきいちろう) 元外交官
日米協会会長
北鎌倉女子学園理事長

1947年生まれ。慶應義塾大学経済学部在学中に外務公務員I種試験に合格。1969年、同大学を中退して外務省に入省。米国ブラウン大学、スタンフォード大学院にて研修を受けた後、OECD代表部一等書記官、在英大使館参事官、北米局長、外務審議官などを経て、2008年、駐米特命全権大使に就任。

退官後の第二の人生では教育研究関係にも携わり、上智大学特別招聘教授・国際戦略顧問、慶應義塾大学特別招聘教授、中曽根平和研究所理事長を務めた。2022年、瑞宝大綬章受章。著書に「まだ間に合う 元駐米大使の置き土産』(講談社現代新書)。

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「考える力」には「伝える力」も重要

対談の事前アンケートの中で、藤崎先生は、「考える力」には「伝える力」も重要であるということを、次のように述べられています。

「伝える力」とは、自分の考えを口頭または文章で明確に述べる力です。ただ、相手に聞いてもらうためには、一方的に話すだけではなく、相手の言うことを聞きながら、そのうえで話すという姿勢が大事です。

相手にも伝えたいメッセージがあるはずなので、それを聞き取ることが必要です。誰も自分の話ばかりする人とは、好んで話したいとは思わないでしょう。相手に「この人は自分に関心を持ってくれている」と思われること、好感を持ってもらうことが大事です。

これまで海外赴任する人に向けた研修で話してきましたが、相手の国に赴任し、人に会ったらまず、「日本文化の発信だけをしないこと」と言っています。伝える、もしくは「伝わる」ためには、「この人と会うのは面白い」「だからまた会いたい」と思ってもらう必要があります。自分の話ばかりしていてはいけません。

しかし、自分の考えを持たない人の話も、誰もすすんで聞きたいとは思いません。相手の話に耳を傾け、自分の考えを自分の言葉で述べる、そのような姿勢を示して初めて、また会いたい、話したいと思われるはずです。

藤崎

今、伝えることの大切さというお話がありましたが、それに関連して少し思うことがあります。企業にお勤めで海外赴任される方とお話しする機会があって、そんなときにはいつも「赴任する国のことに関心を示す」ことが大切だと強調してきました。

例えば、来日したアメリカ人が「自分はステーキやハンバーガーし食べない」と言ったらどう思いますか? どうぞご勝手に、と思うでしょう。

他方、「おいしい日本食のお店を教えてほしい」とか「東京近郊で、1泊2日で行ける観光名所を教えてほしい」などと訊いてきたらどうでしょう。「どの店がいいかな。あるいは箱根かな、日光かな」と一緒になって考えます。さらに相手のニーズを深掘りし、最適な答えを探し求める。そこにコミュニケーションが生まれます。「じゃあ、まずは一緒にラーメンを食べに行こう」などといった交流に発展するわけです。

お互いをよく知るには、相手に関心を持つことが大事です。一方的に発信すればよいというものでもありません。相手のことを考え、そのうえで最適な言葉を選び、伝えていく。ここを外してはいけないと思っています。

髙宮

なるほど。例えば今、日本の良さをアピールするためのテレビ番組があって(本当に良さを伝えているのかどうかは微妙なところもありますが)、外国の方を連れてきて喜んでもらっている。そんなのは伝え方としては良くないわけですね?

藤崎

はい。こちらから一方的に伝えるのではなく、まずは相手に関心を持つこと。人間関係全てに言えることですが、自分の話ばかりする人、いつでも自慢話ばかりする人とはお近づきになんかなりたくないですよね。それと同じです。