
現代の管理職には、昇進の背後にある見過ごしがちなリスクが存在します。収入の増加や地位の向上は一見魅力的ですが、それに伴って失われるものもあることを多くの人が実感しているようです。本記事では山本さん(仮名)の事例とともに、老後破綻を招きかねない管理職昇進の皮肉な構造について、合同会社エミタメの代表を務めるFPの三原由紀氏が解説します。
数字が暴く「管理職の罠」…月収120万円の代償
「休日出勤も当たり前でした。部下の残業を減らすために自分が作業を引き受け、土日は資料作りに追われる。妻からは『このままじゃ倒れるわよ』と何度も諭されましたが、部長という肩書と高給に縛られ、身動きが取れなくなっていました」
山本達也さん(仮名/58歳)の悲痛な叫びは、管理職という立場が持つ両面性を如実に物語っています。収入は確かに増えましたが、それは彼の生活の質を根本から変えることになりました。
山本さんは、経験者採用で大手IT企業に38歳で転職、45歳で部長に昇進後、月収が80万円から120万円に急増しました。しかし、代わりに「3つの健康」を失ってしまいます。平日の帰宅は午前様が常態化。子どもの成長を見守る時間もなく、休日も常に携帯のメールをチェックする日々。「120万円の月収を得る代わりに、私は家族との時間を失ったんです」と振り返ります。
その代償は、最終的に「健康」という形で表れました。
・睡眠時間(1日4時間)
・血糖値(HbA1c7.8%)
・家族との会話(月0回)
深夜残業による睡眠不足から体調を崩し、人間ドックでは危険な血糖値を記録。日本人間ドック学会の基準値をみると、基準範囲が5.5以下。5.6〜6.4は要注意。6.5以上は異常値とされています。異常値のバーを大きく超えた山本さんは医師から「このまま放置すれば、失明のリスクもある」と警告されます。その半年後、糖尿病性網膜症で失明リスクが判明し退職。
定年まで勤め上げる予定が想定外に強制終了となったことで、
・退職金の半減
・企業年金の終身受給権の消失
・公的年金の受け取り見込額の縮小
という三重苦に直面することになったのです。
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定年まで勤められず、退職金と年金に大きな差が…
ここで知っておくべきことは大きく2つあります。
1つ目は「勤続年数20年未満の退職のデメリット」についてです。山本さんの勤務先は退職金制度として退職一時金と確定給付企業年金(以後、DB)がありましたが、勤続年数20年を境に大きく扱いが変わるのです。
たとえば、退職金は勤続20年未満の自己都合退職で半減、DBは勤続20年未満では終身年金の権利がもらえませんでした。山本さんは、DBについては脱退一時金として受け取りましたが、実はほかの選択肢もあったのです。具体的には、退職により受け取った脱退一時金の年金原資を企業年金連合会へ移す(移換する)ことにより、終身年金にして受け取ることも可能でした。ただし、退職後1年以内に手続きを行う必要があり、視力の低下で書類を確認する気力がなく、見過ごしてしまったそうです。
2つ目は「55歳で厚生年金の資格喪失」です。55歳で退職したことにより、65歳からの年金受給額は定年まで勤めたケースと比べて大きく減額されます。山本さんの場合、定年まで勤めれば月18万円(推定)受け取れたところ、実際は16万円に。月2万円の差が30年間では720万円もの大差になります。山本さんは家族に思いを吐露できず、いまでもシャワーを浴びながら悔し涙を流してしまうそうです。