内閣官房が2024年12月に「就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォーム」で公表した資料によると、40代の就職氷河期世代の正社員率はバブル世代と同水準まで改善した。しかし、依然として就職氷河期世代の多くの人が不安定な状況に置かれている。その影響は子ども世代にもおよび、教育費や進学、将来への不安など、さまざまな困難に直面している。本記事では、就職氷河期世代のAさんの事例とともに、子へ連鎖する経済的困窮について、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が解説する。

不況下の母の願い

近畿地方で生まれたAさんは、高校に上がるタイミングでバブル崩壊を迎え、大不況の時代に直面した。ねじメーカーの事務職として働いていた母親は、女手一つでAさんを育てていた。会社が新卒採用を取りやめる状況を目の当たりにし、Aさんの母親は「就職の選択肢を広げるために、無理をしてでも息子を大学に進学させなければならない」と考えていた。

しかし、田舎であるうえに不況の影響で賃金も下がり、Aさんの家庭の世帯収入は230万円程度。当時高校1年生だったAさんは、母親から「苦労させることが多くて申し訳ないけれど、なんとか大学には行ってほしい」といわれたという。その言葉の重みを理解したAさんは、いつも明るく振る舞う母親を安心させようと決心し、勉強に励んだ。

有効求人倍率は0.5倍の就職氷河期

塾に通う余裕はなかったが、毎日10時間ほど勉強したAさんは、無事に第一志望であった地元の国立大学に合格した。就職しなければ大学に入学した意味がないと、入学後も熱心に勉強に励んだAさんは、不況の時代でも安定した給料をもらえる職に就かなければと考え、公務員になることを決意した。

奨学金は毎月12万円、4年間で総額約580万円借りた。返済金額の大きさだけでも気が滅入るほどだったが、当時は就職氷河期で、有効求人倍率は0.5倍。先輩たちが厳しい就職活動を強いられる姿を目にして、「どこにも就職ができずに毎月の奨学金返済で精一杯になり、母と共倒れになってしまったらどうしよう……。そんな最悪のパターンを考えてしまって眠れないこともありました」と振り返る。

そんな不安を抱えながらも、熾烈な競争を勝ち抜いて、採用試験に合格。2000年、地元の市役所に就職することができた。

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奨学金返済のために諦めたこと

結婚式

就職後、Aさんは大学時代から交際していた女性と結婚した。

「妻には本当に申し訳なかったですが、今後のことを考えて、結婚式は行わずに貯金に回すことにしました」と、当時を振り返るAさん。

2人目の子ども

人生の三大支出のひとつともいわれる教育費。子を一人育てるだけでも最低1,000万円はかかるといわれる時代だ。

「本当はもう1人欲しかったです。妻も自分も一人っ子だったので、きょうだいを作ってあげたいという思いはありました。そもそも1人目を作る前から、金銭的な理由で躊躇もありました。当然、2人目は断念することにしたんです」

住む場所の選択肢

子どもに恵まれたタイミングで、当時住んでいたアパートを離れ、Aさんの母親と同居することに決めた。

「子どもの教育費を確保しなければいけないという思いや、共働きだったため子どもの面倒をみてほしいという気持ちもあり、同居を決断しました」と語る。