「患者の命をもてあそぶもの」高額療養費制度の限度額引き上げ “撤回”求める 医師団体とがん患者ら厚労省に要請

3月6日、保険診療医が加盟する任意団体「全国保険医団体連合会」(保団連)と数名のがん患者らが、医療費の負担を軽減する「高額療養費制度」の自己負担限度額引き上げの撤回を求めて、厚労省に要請を行った。

「物価上昇」を理由に患者の自己負担を増やす

高額療養費制度とは、1か月における病院などでの医療費の窓口負担額が自己負担限度額を超えたときに、その超えた金額が公的医療保険から支給される制度。

高額な医療費が患者に与える負担を抑えるための制度であるが、3月4日、自己負担限度額を引き上げる政府予算案(2025年度)が自民党・公明党・日本維新の会の賛成により衆議院を通過した。

要請後に開かれた記者会見では、保団連の橋本政宏副会長が「重篤な疾患で闘病を続ける患者の命をもてあそぶもの」と批判した。

石破茂首相は国会審議で「物価上昇をふまえ、今年8月からの限度額引き上げは実施する」と述べていた。しかし、重篤な疾患の患者には就労が制限されている状況の人が多い。収入も減るため、現時点でも、自己負担している治療費が原因で生活に多大な影響が出ているという。

「本来であれば、物価上昇分を考慮して、患者の負担を減らすべきだ」(橋本副会長)

子どもを持つがん患者らを対象に保団連が実施した調査によると、限度額が引き上げられた場合には4割の患者が「治療の中断」、6割の患者が「治療回数を減らす」ことを検討していると回答したという。

「高額療養費制度は、がん患者をはじめ重篤な疾患の患者にとってまさに命綱。今年8月からの負担増を強行することは『治療をあきらめろ』と患者に迫るに等しいもの」(橋本副会長)

「多数回該当」の見直しは凍結されたが…

高額療養費制度には、直近12か月の間に3回以上高額療養費の対象になった場合、4回目以降はさらに自己負担限度額が引き下がる、「多数回該当」の特例が設けられている。

多数回該当についても見直しが検討されていたが凍結され、今回の予算案では据え置きとされた。

福岡資麿(たかまろ)・厚生労働大臣は予算委員会などで「限度額引き上げにより患者が受診を控えることで、1950億円の医療費削減が見込まれる」と発言してきた。一方、多数回該当の見直し凍結前には、2270億円の削減が見込まれていた。

それでも、限度額引き上げによって多数の患者が受診を控えることになるのは変わらない。保団連が懸念するのは、治療中断により患者が死亡する事態だ。

要請にあたって、保団連は「患者が死亡した場合の責任」や、制度利用者の収入減少や医療費支出のデータなどに関する質問を厚労省に送った。しかし責任の所在について実質的な回答は得られず、また厚労省は制度変更による影響について「事後に検証する」としているため、現時点でのデータも十分に持っていないという。

保団連の本並省吾事務局次長は「質問しても『個々の患者の実態がどうなっているかはわからない』と答えられる。(厚労省が)丁寧に実態を見ようとしている、という感覚は得られない」と語る。

「患者ごとの所得や治療の状況など、いったんは実態調査を行うべきだ、ということに尽きる。

『制度論ありき』や『財源論ありき』ではなく、『実態ありき』の議論が必要だ」(本並次長)

橋本副会長も「受診抑制が発生して不十分な治療しか受けられない患者が出ることは、火を見るよりも明らか」と指摘。

「物価上昇を理由にしてとにかく引き上げる、というのは実態をないがしろにする考え方だ」(橋本副会長)

「弱い者いじめであり、国としてあるまじき政策」

要請や会見には、複数名のがん患者も参加。

肺がんのステージ4で、がん患者と家族が集まるサロン「CancerおしゃべりCafe」を開催している水戸部ゆうこさんは「8月から限度額が引き上がる現実が近づいています」と語る。

「これは、弱い者いじめであり、患者を切り捨てるという、国としてあるまじき政策。

石破総理や福岡大臣を含めた公務員は『付加給付』で守られているため、全く痛みを伴わないという不公平さにも腹が立ちます」(水戸部さん)

高額療養費制度の見直しについて発表して以降、政府は、反対世論の広がりに応じて小出しに修正を繰り返してきた。多数回該当の扱いについても当初から変更され、一時は「見直しの全面的な凍結」の可能性も報道されたが、結局、前記した通り予算案が通過することになった。

水戸部さんは、政府の方針が二転三転するという事実だけでも、報道を見る患者たちにとっては多大な精神的負荷がかかる、と指摘する。

「ジェットコースターにのっているような精神状態。がんになっただけでも、ものすごく落ち込む。

そのような状態のなか、見直しが『凍結』と報道されたりそうでないと報道されたりすると、情報を摂取するのも怖くなってしまう」(水戸部さん)

現役世代にも多大なリスクを生じさせる

大腸がんがステージ4まで進行していたが現在は寛解している矢作隆さんは「高額療養費制度には大変お世話になりました」と語る。現在は「社会に恩返し」するため、養子を引き取って里親になり、民生委員・児童委員としても活動しているという。

政府は医療費の削減が必要な理由として「現役世代の負担」を挙げている。しかし、矢作さんは「自己負担額が引き上げられると、大人だけでなく子どもの治療も抑制されてしまう」と指摘する。

「病気が重篤化する人は間違いなく増えます。がんの5年生存率も悪化するでしょう。当然、子どもに関する政策や少子化対策にも影響が及びます。

家族が病気になれば、絶望的な人生になる。そんな不幸な時代に入ろうとしています。子が育たない国づくりをして、どうするんですか?」(矢作さん)

本並次長も、高額療養費制度の恩恵を受けている患者のなかには現役世代が多数含まれていることを指摘し、限度額が引き上げられた場合には現在と将来における現役世代の健康や生命に多大なリスクが生じると語る。

「『現役世代の負担を軽減する』などという政府の主張は、論外なものだ。

保団連としては、引き続き、限度額引き上げ見直しの『凍結』ではなく『撤回』を求めていく」(本並次長)