介護施設の利用には様々なメリットがありますが、そこには少なからず影も存在します。現実の介護の現場ではどんなことが起きているのでしょうか? 本記事では川村隆枝氏の著書『亡くなった人が教えてくれること 残された人は、いかにして生きるべきか』より一部抜粋・再編集し、介護の現場の実態について考えていきます。

介護施設の影

光があれば影が生じます。介護施設に影があるとすれば、それはなんでしょう? あまり思い浮かびません。強いていえば家族や知人が好きなときに入所者さんに面会できないことや、経済的な負担でしょうか。

家族になかなか会えない

先日こんなことがありました。泌尿器疾患を患った80代の入所者さんが持病や寝たきり状態のために手術が不可能で、いつ寿命が尽きるか分からないとの報告を受けました。ご家族の「毎日のように会いたい」という希望で退所されました。

コロナ感染症が第5類に分類されたとはいえ、当時はまだ感染者が少ないとはいえない状況でした。当施設では持病のある重症者が多いため、希望を叶えてあげることができませんでした。結局ほかの病院に転院しましたが、やはりそこでも毎日の面会はできなかったようです。

毎日顔を合わせたければ、自宅療養が一番でしょう。ただし、ご家族みんなの同意と覚悟が必要なのはいうまでもありません。

経済的支援をする息子と、献身的な心のケアと世話をする息子

Cさんには、AさんとBさん、二人の息子がいました。Aさんは子供のころから優秀で、成人してからは出世頭で高給取りではありますが、海外に住み会社の重要ポストのために、経済的な支援は惜しまない代わりに介護施設にいる母親の面会には一度も来ませんでした。母親は会えなくてさみしいけれど自慢の息子と豪語していました。

一方、Bさんは田舎に住み畑や田んぼを耕しながら洗濯物を持って来たり、事あるごとに母親に会いに来て元気な顔を見せ、世間話をして安心させて帰りました。

さあ、あなたはどちらが親孝行だと思いますか? 私はどちらも親孝行だと思います。Aさんの経済的支援とBさんの献身的な心のケアと世話で、Cさんは満足されたと思います。しかし、これがどちらか一方だとすると、あなたなら、どちらの息子を選びますか? 

私は自分の経験を通して、自分で抱え込まず施設へ入所されることをお勧めします。介護を家族が担うと、次に記すような問題が生じるからです。

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ヤングケアラーの悲哀

ヤングケアラーの認知度を高めるために、テレビ番組やCMでの広報活動が活発になりつつあります。先日テレビで悲しく心を痛める報道がありました。ヤングケアラーの子供が学校健診に行かなかったため、成長過程で重要な所見や病気が見逃され、早期発見すれば事なきを得たはずなのに、残念な結果になって苦しんでいる。というものでした。ヤングケアラーについて少し考えてみましょう。

ケアが必要な家族がおり、介護できる大人がいない場合、子供がその役割を担わさるを得ません。ヤングケアラーとは、病気や障害のある家族の介護や世話で忙しく、本来受けるべき教育を受けられなかったり、同世代との人間関係を満足に構築できなかったりする子供を示す言葉です。多くの場合、その子供がケアしているのは、障害や病気のある親や高齢の祖父母、兄弟姉妹などです。

手伝いの域を超える過度なケアが長期間続くと、心身に不調をきたしたり遅刻や欠席が増加したりするなど学校生活への影響も大きく、進学・就職を断念するなど、子供として守られるべき権利が侵害されているケースもあり支援が必要です。

ヤングケアラーの存在自体は周囲の人に「気や障害のある親族を見ている存在」としては知られていますが、ヤングケアラーという言葉自体の認知度はまだ高いとはいえません。また、自身がヤングケアラーであると自覚している子供も少なく、幼少期から介護が日常の一部となっていたため、自覚のないまま負担を背負っている子供も多く存在するといわれています。

以前は大家族が多く、誰かが倒れてもほかのみんなで面倒を見ることで負担が軽減されていましたが、近年、核家族化が進むことにより、家族の構成人数が減ってきて、支援が必要な親や祖父母などを周囲の大人から支援してもらうことが難しく、子供が負担を背負うことになってしまっています。母子家庭では母親に看護や介護が必要となり、ほかに頼る人がいなくなると、子供が看ざるを得ない状況に陥ります。

「家族以外の人に知られたくない」「迷惑をかけてしまうのが嫌だ」などの理由で子供がほかの人に相談せずに抱え込んでしまい、やむを得ずヤングケアラーになってしまうと考えられます。そうした子供は学業に支障が出るだけでなく部活動や友達と遊ぶ時間が奪われ、思春期に大切な交友関係が希薄になり孤独を感じることも問題です。友人たちに介護の話をしても、共感してもらうことは難しいことから、誰にも話せずに孤立を深めていくケースが多く見られます。
 

川村 隆枝
医師・エッセイスト