
日本の精神疾患全体の患者数は増加傾向にあります。2022年6月の厚生労働省のデータによると、精神疾患を有する総患者数は約419万3,000人で、そのうち外来患者数は過去15年間で約223万9,000人から389万1,000人へと大幅に増加しています。嘔吐恐怖症は限局性恐怖症の一種であり、不安障害に分類されます。日本における限局性恐怖症の生涯有病率は3~4%との推定も。児童期から青年期にかけて有病率が上昇する傾向があり、13~17歳では12ヵ月有病率が27.3%、生涯有病率が36.5%に達するという報告もあります。子どもの不安障害に対し、親はどのように接すればよいのでしょうか? 精神科医さわ氏の著書『児童精神科医が「子育てが不安なお母さん」に伝えたい 子どもが本当に思っていること』(日本実業出版社)より、詳しくみていきましょう。
子どもの存在そのものの「価値」
成績がよければほめられ、悪ければ怒られるということが続くと、他人の評価や価値観に振り回されやすくなり、ありのままの自分を肯定できなくなります。なにかあるたびに、「やっぱり自分はダメなんだ」と自信がグラついてしまうのです。
まだ社会にも出ていない子どもが「自分には価値がないのではないか」と悩んでいたら、さまざまな挑戦や失敗から学んで成長していくことはできません。やはり、子どもには「なにかができないからと言って、価値がないということはない」と伝えてあげてほしいと思っています。勉強ができるから「価値」があるとか、だれかと比べて優れているから「価値」があるということではなく、子どもの存在そのものを受け入れることが、子どもが生きていくうえでもっとも大切なことです。
嘔吐恐怖症の男の子
あるとき、クリニックに「吐いてしまうかもしれない」「吐いたらどうしよう」ということが不安で、給食を食べられなくなった中学生の男の子がお母さんとやって来ました。その子は、実際には吐いたことはないのですが、自分が吐くこと、とくに人前で吐くことを過度に恐れていました。嘔吐恐怖症といって、不安症のひとつです。その子は部活でバスケットボールをしていましたが、ご飯や給食が食べられなくなり体重も減ってしまったため、お母さんがあわてて診察室に連れて来られたのです。
診察をしていて気になったのは、お母さんのその子への関わり方です。お母さんはもともと不安の強い方で、なにかと心配になり、「大丈夫だった? 給食は食べられた? どれだけ食べられたの?」と子どもを問い詰めてしまうそうです。
それだけでなく、子どものできていないところが目についてしまい、学校の準備や宿題などについてもいちいち聞かないと気がすまないのだと言います。でも、お母さんがいつも不安そうにあれこれ質問攻めにしていると、子どもは不安に思っていなかったことまで不安に思ってしまいます。
たとえば、休み時間、1人でのんびりすごすのが好きな子どもに、お母さんから「ちゃんと休み時間は友だちと遊んでる? 仲間はずれにされたりしてない? だれと遊んでるの? その子は性格がいい子なの? いじめられたりしてない?」と、質問攻めにされたらどんな気分になると思いますか? そこにはお母さんの中で、友だちとは仲よくしなきゃいけない、という不安が込められているのです。
また、その男の子が体力的にも精神的にもつらそうだったので、私がしばらく部活を休むことを提案すると、子どもよりお母さんが不安げな表情をされていました。せっかくここまでがんばってバスケットボールが上手になったのに、やめたらこの子になにが残るのか、やめてしまっては選手の座が奪われてしまう、休んだら二度と戻れなくなってしまうんじゃないか、などの不安が込み上げてきたのでしょう。
「この子は、これからなにを支えに生きていけばいいんですか?」とおっしゃるのです。バスケットが上手だからその子に価値があるわけではありません。そうではないところにも、その子の価値はたくさんあるはずなのに、お母さんがその子からバスケットがなくなってしまうことが不安でしかたがない様子でした。
一生バスケットをやめなさい、と言うつもりはこちらもありません。ただ、今は心が疲れているから、いったん離れましょう、という意味です。離れて、冷静に俯瞰して状況を見られるようになることは、ときにとても大切です。
「急がば回れ」ということわざは、ときに精神疾患の回復のうえで、とても威力を発揮することがあります。病気を治したい、治さなきゃ、こんな精神疾患になった私はダメなんだとあせるよりも、「そんなこともあるよね。今はゆっくり休もう」と病気を受け入れたほうが、早く回復することがあるのです。
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親があせればあせるほど、子どもの気持ちの回復が遅くなることもある
いろんな事情で学校に行けなくなることがあります。1日でも早く学校に行かせないと、とあせる親御さんの家庭よりも、「ま、人生そんなときもあるよね、また行きたくなったら行ったらいいさ」とドンとおだやかにかまえる親御さんの家庭のほうが、早く学校に戻れるというケースをたくさんみてきました。親があせればあせるほど、子どもの回復が遅くなることがあるのです。
さきほどの子のケースでは、私は時間が許すときはお母さんともじっくりお話をし、お母さんがあせらぬよう、お母さんの不安について言語化していくことを繰り返しました。すると、徐々にお母さんの不安もやわらいでいき、その子も徐々にご飯が食べられるように回復していきました。
やはり、大事なのは、子どもの存在そのものを認めることです。この子はなにかができるから価値がある、がんばれるから価値がある、いつもいい子だから価値があるということではなく、そこにいてくれるだけで価値があると認めてほしいのです。
児童精神科医のつぶやき
子どもが生きていくうえでもっとも大切なのは、存在そのものを認めること
精神科医さわ