認知症70代母を行政が“連れ去り”、不必要な「生活保護」受給…“虐待”疑われた娘が味わった「苦難」とは【行政書士解説】

世知辛い世相を反映してか、「虐待」が社会問題となっています。子どもに対する虐待、配偶者・パートナーに対する虐待のほか、高齢者に対する虐待も、深刻な問題として指摘されています。

そんななか、高齢者に対する虐待の防止などのため、緊急性が高く高齢者の財産が侵害されるおそれがある場合等には、市町村長に、認知症や精神障害等の人を保護する制度である「成年後見制度」等の利用開始の申立てをする権限が認められるようになりました(※)。

虐待の防止と被害者のすみやかな保護は極めて重要です。しかし他方で、事実確認等の手続きや、事後のフォロー等に大きな課題があるといわざるを得ません。というのも、実際は愛情深く家族を介護していたにもかかわらず、虐待を疑われ、上記権限が発動してしまうケースが発生しているからです。

今回は、テレビでも報道されたことのある大阪市在住のマイさん(仮名・40代)と母・シヅさん(仮名・70代)のケースを、ご本人の了承を得たうえで紹介します。(行政書士・三木ひとみ)

※令和5年(2023年)3月厚生労働省老健局「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について

「母の後見人を引き受けてもらえませんか」

マイさんから初めて相談があったのは、2024年7月のことでした。

「母の後見人を引き受けてもらえませんか」

マイさんは、重度の認知症を患う母・シヅさんと二人暮らしで、仕事をしながらシヅさんの介護をしていました。

シヅさんは無年金状態で、経済的余裕があるとはいえないものの、介護保険法上の福祉サービスも利用しながら、生活保護等のセーフティーネットの利用には至らずに、生活を営んでいました。

そんなある日、突然、シヅさんが、特別養護老人施設に親族の同意のないまま入所させられてしまったといいます。理由は「シヅさんに痣(あざ)があり、マイさんがシヅさんを虐待していた疑いがある」というものでした。

事実無根でした。シヅさんは脳梗塞の治療のため血液をサラサラにする薬を服用していました。その薬の副作用の一つに、血管が薄くなるというものがあります。そして、高齢者ほど、皮膚が薄いため痣ができやすいのです。

シヅさんは、ある日突然、慣れ親しんだ自宅生活から、何もわからないまま特別養護老人ホームでの生活となりました。

認知症のシヅさんが、職員に質問した記録が残っています。

「いつまで、ここに居たらいいのかな? 家に帰れる?」

この問いに対し、職員は、

「疲れているので、しばらくゆっくり休んで下さい」

と返答しています。

しかし、シヅさんの収容は解かれませんでした。シヅさんは意気消沈し、見る見るうちに体重は減り、外見も表情も、他人から見ても明らかなほどに暗くなってしまいました。

マイさんが確認した記録によると、約2か月間、シヅさんは施設で食事を食べられない状態となり、体重は3か月間で13キロ以上激減していました。

無年金のシヅさんは施設の費用を支払うことができなかったため、行政の職権により生活保護の受給を開始することになりました。

シヅさんは帰ってきたが…

その後、マイさんは行政訴訟を起こし「虐待などしていない、本人も帰りたがっているから、母を家に帰してください」と訴えるものの、原告として訴訟をする資格である「原告適格」が認められず、訴えは却下されました。

なぜなら、「処分」の名あて人はあくまでもシヅさんであり、そのシヅさんには弁護士を含む3人の「成年後見人」が選任されていたからです。

シヅさんについては、大阪市長によって成年後見制度の利用開始の申立てが行われ、これを裁判所が認め、成年後見が開始されていたのです。

成年後見制度とは、知的障害、精神障害、認知症などによって、財産管理や契約といった法律行為を一人で行うことが難しくなった方を法的に保護する制度。たとえば、よくわからないままに契約し悪質商法の被害などに遭わないようにするものです。

本人、または親族や検察官等の請求により、裁判所が後見人を選任します。そして、その後見人が本人の代わりに財産の管理、医療・福祉サービスの利用契約の締結などを行います。

成年後見がいったん開始すると、本人が判断能力を取り戻さない限り、亡くなるまで続くことになっています。

マイさんは途方に暮れてしまいました。

そんなある日、シヅさんは施設で転倒し大けがを負ってしまいました。事故の翌日の夕方に役所から連絡があり、シヅさんの生命の危機を知らされました。病院に行きたいとマイさんが言っても、当日は病院名すら教えてくれなかったといいます(その後、病院名は教えてもらえて、お見舞いに行けるようになりました)。

そしてその後、なぜか突如として、シヅさんはマイさんの元に帰されることになりました。これまで頑なに帰宅させることを拒んできたのに、どういう経緯なのか、虐待の疑いが晴れてのことなのか、事情は明かされなかったそうです。

後見人から「事務」を押し付けられ…

しかし、引き離しの措置が解消され、シヅさんが戻ってきても、喜んでばかりはいられません。

前述の通り、成年後見はいったん開始すると本人が亡くなるまで終わりません。市長の申立てにより選任された3人の後見人がいます。マイさんの苦悩は続きました。

シヅさんの後見人らは、本来なら自分たちが裁判所に報告するための収支明細等の資料を作成しなければならないにも関わらず、その作業をマイさんが行うよう指示してきたのです。

マイさんは日中仕事をしながら、夜はヘルパー支援もないため一人でシヅさんの介護をしています。仕事と介護で多忙の中、さらに睡眠時間を削り、資料の作成をしなければなりませんでした。

本来、Excelで収支明細などを作成するのは後見人の仕事です(後見人は家庭裁判所に報酬を請求でき、その報酬は自治体が負担します)。そのためにマイさんは、シヅさんの介護や身の回りのことに要した費用のレシートなどすべて後見人に渡していました。

マイさんは、後見人を解任できないかと考えるようになりました。

後見人の解任は、後見人に「不正な行為」「著しい不行跡」「その他後見の任務に適しない事由」のいずれかの事情がある場合に、親族等の請求、または裁判所の職権により認められる可能性があります(民法846条)。

マイさんからの後見人の受件依頼を断った理由

ここから、冒頭の話につながります。

「母の後見人を引き受けてもらえませんか」

マイさんは、光栄にも行政書士である私を信頼してくださり、新たな後見人になってほしいと希望され、問い合わせをしてこられたのです。

しかし、私は、非常に心苦しかったのですが、お断りしました。

後見人の責任は非常に重く、労力も大きいので、軽々しく引き受けることはできません。すでに私は他の後見人に選任されており、その業務だけでも手一杯の状態です。新たに選任されても十分な対応ができないとなると、本人の権利を侵害してしまいかねません。

そのため、ある時から、新規の受件はすべてお断りすることにしていたのです。

その代わりに、行政書士会を介して「公益社団法人コスモス成年後見サポートセンター」という団体につなぐことは可能でした。それをマイさんに説明したところ、

「後見人の権利と責任は重いので、大切な母親に関する権限を見知らぬ他人に委ねたくないのです。本当は他人に成年後見人になどなってほしくない、でも、成年後見制度上、誰かに成年後見人になってもらう必要があるから、それならせめて信頼できる人になってほしいと思いました」

今でも、このときのマイさんの光栄な期待、ご希望に沿うことができなかったことを申し訳なく思っています。

マイさんが後見人に就任したが…

ただ、結果として、状況はより良い方へ好転しました。なんと、裁判所は、もともと成年後見人の選任を大阪市長が申し立てるきっかけとなる「虐待」の加害者とされていた娘のマイさんを、シヅさんの新たな成年後見人として選任したのです。

シヅさんが自宅に帰ってきてから3か月ほどで、3人の後見人が辞任し、その代わりにマイさんが晴れて後見人となりました。

これは異例のことでした。

シヅさんは、マイさんの元に帰ってから、日に日に表情も明るくなり、それは他者の目からも明らかでした。昨年末、マイさんはシヅさんと一緒に私の行政書士事務所にご丁寧に挨拶に来てくださいました。

私は、マイさんが真摯に依頼された後見人の引き受けもできず、何も実質的にできなかったのに、感謝の気持ちを伝えてくださるマイさんの誠実さに頭の下がる思いでした。

しかし、理不尽な試練はいまだ続いています。シヅさんは、大阪市から、職権で介護施設に入所させられていた間に、職権で生活保護を受給していた際の保護費の返還を求められているのです。

シヅさんが希望したわけでも、娘さんが希望したわけでもない、施設入所と生活保護受給。しかも、施設に入所中にシヅさんは大けがをして、今も様々な後遺症に苦しんでいるのです。

深刻化する虐待の問題に行政が毅然とした態度で対処することは極めて重要です。しかし、実際には愛情深く介護をしていた家族が、事実無根の虐待の疑いをかけられ、異議を申し立てることすら認められないまま、さまざまな不利益を受けてしまうマイさんのようなケースが存在します。

虐待の疑いの根拠となったシヅさんの痣は、服用している薬によっても生じるものであり、行政側の認定が杜撰であったことがみてとれます。また、説明もなくシヅさんが帰宅させられたことなど、手続きが不明瞭、かつ事後のフォローもいい加減です。

これらは、制度の問題点として克服されていかなければならないことだと思います。

多くの政治家は話を聞いてくれず

もう一つ、指摘しておかなければならないことがあります。

マイさんは多くの政治家にも助けを求めたといいます。でも、話を聞いてくれた政治家はごくわずか。街頭演説に出向き、直接地元議員に、シヅさんがどこかもわからない施設に入れられてしまい困っていると訴えても、その後に届いたのは議員のチラシだけだったそうです。

心ある政治家もいて、特に、ある女性議員はマイさんの気持ちに寄り添い、役所との話し合いの場にも何度も同席してくれたそうです。ただ、その方が所属する政党では男尊女卑の風潮、女性議員が目立つことを疎んじる風潮が強いらしく、他の議員、特に男性議員から反発を買うことを気にしてか、ひっそりと名前を出さずに支援してくれたとのことです。

マイさんのような人が助けを求めているのに、多くの政治家がまともに相手にしなかったこと、心ある女性議員に肩身の狭い思いをさせるような体質の政党が存在し、しかも局地的にではあれ根強い支持を得ているということに、日本社会の問題を感じたものです。

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三木ひとみ(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)
官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に「わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)」(ペンコム)がある。