食楽web
●『帝国ホテル 東京』が食領域におけるサステナビリティの取り組みを発信する場として毎年開催している「サステナビリティフォーラム」。今年は帝国ホテル第3代総料理長・杉本雄さんとともに食材探しに出かけるメディアツアーを開催。舞台は京丹波から、丹後、宇治市へ。向井酒造&丸利吉田銘茶園を訪問しました。
前回の記事では、『丹波ワイン』の醸造過程やサステナビリティに対する取り組みについて取り上げました。次に一行が向かったのは、『向井酒造』です。
家のすぐ間近に伊根湾が迫る特徴的な地形
『向井酒造』は、京都府・伊根町にある1754年創業の酒蔵。「海に一番近い酒蔵」として、伊根湾に面した舟屋群の一角に蔵があります。
向井久仁子杜氏、向井崇仁社長、杉本料理長
現在、杜氏を務める向井久仁子さん。彼女の手掛ける代表的な銘柄「伊根満開」は、2019年に大阪で開催されたG20大阪サミットの晩餐会にて振舞われた一本。古代米を使用した赤いロゼ色の日本酒で、その独特の風味は世界的な人気を誇ります。
老舗の酒蔵『向井酒造』/食事と合う、軽やかで奥行きのある日本酒を
限られた蔵の中で伝統的な技法と現代の設備を組み合わせ酒造りが行われていました
まず洗米から。コンベアを使って3階のタンクに送られ、綺麗な水で洗米された後、釜へと流し込まれる仕組み。通常の仕込みより麹を多く使う事により酸味と古代米を使う事で果実のような風味を生むそうです。

向井久仁子杜氏は、日本酒の伝統を守りながらも、自らの味覚に合う酒を追求。元々、吟醸酒のような香りの強い酒よりも、熟成酒や山廃・生酛(きもと)造りの酒に興味を持っていたそうです。

杜氏として醸造を本格的に進めた20代頃、向井酒造の全ての酒を「食中酒」として仕上げることを決意。「伊根満開」においては、酵母選びから発酵方法に至るまで独自の研究を経た結果、「酸の活かし方」と「発酵のコントロール」に着目し、一般的な日本酒よりも酸度を高めることで、食事と合わせやすく、軽やかながらも奥行きのある味わいの日本酒を世に送り出しています。
ロゼワインのような日本酒。「伊根満開」は海外での評価も高い
海外からの評価も高く、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ、シンガポールなど多くの国へ輸出されています
海外でも、「伊根満開」の評価が高く、ニューヨークやヨーロッパの高級レストランに採用されています。アメリカでは、「にごり酒」も人気があるそうで、ニューヨーク出身のソムリエがわざわざ蔵を訪れることも。
ラベルデザインは、木版画家・村上暁人さんの作品を採用。左から3本目は「夏の想い出」、右から2本目が「ひとやすみ」
様々に試飲をしましたが、印象的だった2本をご紹介します。
「夏の想い出」は、焼酎用の白麹を使用。向井酒造では20年以上前からこの手法で醸した酒を造り、先駆的な一本です。柑橘系の渋みと酸味が引き出され、程よいキレ感が心地よさを堪能できます。冷酒から燗酒と様々な温度帯で楽しめますよ。
「ひとやすみ」は、無農薬で化学肥料不使用のこしひかりを60%精米した生酛造り。より自然な造りを目指し醸したお酒で、おだやかで柔らかな飲み心地。こちらも常温から燗酒がおすすめです。
軽やかで体に馴染むナチュラルワインに出会ったことも久仁子さんにとって大きな転換期となったようで、無農薬や無肥料の米、自然栽培米を活かした酒の開発にも力を入れています。
酒粕も絶品!
『伊根満開』の酒粕。右の2つは、熟成させ色合いも、風味も一層深く [食楽web]
酒造りの副産物である酒粕も隠れた人気で、プロの料理人や以前ロケに訪れた有名女優も「これよ!」と指名買いするほど。『伊根満開』の酒粕はフルーティーな酸味と甘みが特徴で、熟成させるとチョコレートのようなコクが生まれます。
久仁子さんのお母様手作りの酒粕汁
試飲した後の酒粕汁が体に沁みること。酒粕のやさしい香りに豚肉や伊根町で揚がったマグロの塩漬けなども具材に入っているそうで、旨味たっぷり。酒粕そのものに変な癖が全くなく、日本酒と同様、体にすーっと馴染みました。
気軽な使い方ではみそ汁やヨーグルトに混ぜたり、フランス料理ではフォアグラのソテーに合わせたり、バターと混ぜたり、料理への応用も無限に広がる予感。杉本料理長も食材として興味深く話を伺っていました。
(広告の後にも続きます)
究極の玉露を求めて『丸利𠮷田銘茶園』へ

最後は、『丸利𠮷田銘茶園』を訪ねました。16代目当主の𠮷田利一さんが迎えてくださり、京都が抱える茶業界の現状と革新的な取り組みについてお話を伺いました。
『丸利𠮷田銘茶園』16代目当主 𠮷田利一さん
『丸利𠮷田銘茶園』は、お茶の品評会では毎年高く評価され、数多くの農林水産大臣賞を獲得。全国茶生産団体連合会の会長も務めるなど茶業界のけん引する存在です。
「まずは、お茶を」と当主自らがお茶を振舞います
「おもてなしの場では亭主自らが茶を淹れるもの」と教えてくださる𠮷田さん。玉露は40℃以下の低温で淹れることで旨味を最大限に引き出すお茶。淹れるまでの時間がどのようなものか、お茶の本質を体験することになりました。
「まるで出汁のよう」、杉本料理長も驚く茶葉本来の濃厚なうま味と甘みを感じられました
近年はお茶を淹れる時間や手間を惜しんでしまうこともありますが、茶器を温めながら、急須の中で茶葉がゆっくり開く時間を慈しむ。お茶が入るまでの時間は、家族や客人、友人との会話を楽しむためのコミュニケーションそのものということに気づかされました。
「淹れる時間こそが大切」、現代人に沁みる言葉です
昨今、オーバーツーリズムが社会問題となっている京都ですが、お茶の需要も年々増加傾向にあり、そのことによる品質の低下も危ぶまれています。
「本簾覆い(ほんずおおい)」の工程の一つ、高所で行われるワラ葺きの様子
玉露の茶畑の特徴的な工程の一つに、甘みを生み出すために茶畑を覆う「本簾覆い(ほんずおおい)」があります。太陽光を制限することで、茶葉のカテキンの生成を抑制し、アミノ酸の一種であるテアニンが豊富になり、玉露特有の甘みとコクが生まれるのだそうです。
藁を使って行われるため自ら田んぼで稲作も行い、米を収穫しながらその副産物を茶園に活用していますが、手間がかかるために年々継承が難しくなっている現状もあります。
茶園は「早生(わせ)」「中生(なかて)」「晩生(おくて)」と品種を分け、用途や市場ニーズに合わせて栽培と収穫が行われています
そういった問題から持続可能な農業を実践することを目指し、ナイロン製の「黒寒冷紗」(かんれいしゃ)を使った遮光技術を提唱。手間が少なく、コストも抑えられるということで、多くの茶園で採用されるようになっているそうです。
『丸利𠮷田銘茶園』のように技術を守りつつ、世界に誇れる高品質な日本のお茶が生み出され続けるために消費者である私たちができることが何か、考えさせられる時間でした。
食材探しの旅を終えて

杉本料理長とともに、その道のプロたちとの出会い、改めて「おいしい」の瞬間を守り続けるため、生産者の熱意とたゆまぬ努力を目の当たりにしました。
旅を終えて杉本料理長は、
「今回の旅を通して感じたのは、初めてお会いする生産者の方々と直接ふれ合うことで生まれる、食材の向こう側にあるそれぞれの思いや考え方にふれられたということでした。生産者との交流を今回の訪問だけで終わらせるのではなく、食材を実際に試し、生産者の方々へフィードバックし、そこからまた新たなコミュニケーションが生まれていく。そうしたコミュニケーションを繰り返す中で、より深い信頼関係を築いていき、その思いを一皿の料理を通してお客様へお伝えしていきたいです」と締めくくりました。
美食はサステナブルであることで輝きを増す……私たち消費者もその一端を担っていることをほんの少しでも思い出すことができれば、日本の食の未来を変えることができるかもしれません。
(取材・文◎亀井亜衣子)
●SHOP INFO
向井酒造
住:京都府与謝郡伊根町平田67
営:9:00~12:00、13:00~17:00
TEL:0772-32-0003
休:木曜、年末年始
https://www.kuramoto-mukai.jp/
丸利𠮷田銘茶園
https://yoshida-meichaen.com/
※いずれの施設も一般向けの見学は実施していません