
北海道美深町(びふかちょう)を走るJR宗谷(そうや)線で、2月1日午後1時ごろ、作業中のラッセル車が線路上の雪の塊を発見して急停止するトラブルが発生した。
「ラッセル車」とは、線路の雪を左右にかき分けながら進む除雪用の鉄道車両。
宗谷線の赤いラッセル車が白い雪を勢いよくはね飛ばす光景は鉄道ファンの間で人気があり、事件の現場も撮影スポットとして知られている。雪の塊は人為的に置かれたものであり、「映える」写真を撮る目的であった可能性も高い。
犯人は未だ判明せず
トラブルの現場は、宗谷線の天塩川(てしおがわ)温泉〜美深間。
2月7日にJR北海道・旭川支社が発表したプレスリリースによると、雪の塊は線路内へ人為的に持ち込まれたもので、高さ約50cm・幅約2mの範囲にわたって積み上げられていたという。
旭川支社は「線路内に無断で立ち入ること、また線路上に雪や物などを置く行為は非常に危険です。絶対にやめていただくようお願いします」と注意を呼びかけている。
4月9日に弁護士JPニュース編集部が旭川支社に取材したところ、雪を置いた者が誰であるかは、事件から2か月が経過してもまだ判明していないという。
また、損害賠償の請求など法的措置をとるか否かについては「行為者が判明した場合、内部で検討する」(担当者)との回答があった。
なお、宗谷線では2019年にも同様の雪塊が見つかっているが、その際にJR北海道が取った対応の内容は公表されていない。
実際に置かれていた雪塊(JR北海道・旭川支社 プレスリリースから)
過去には中学生の置き石で100人以上が負傷した事件も…
前述のプレスリリースにも書かれている通り、線路上に物を置くことは危険であり、ときに大事故を引き起こす。
国内で特に有名であるのが、1980年2月に発生した「京阪電気鉄道置石脱線事故」だ。
大阪府枚方(ひらかた)市を走る京阪本線の枚方市〜御殿山(ごてんやま)間の線路に、市内の中学生5人組が置いたコンクリートの塊が原因で、先頭の3両が脱線。先頭車両が民家に突っ込み、2両目が横転した。死者は出なかったが、104名が負傷した。
京阪電鉄は中学生らおよび保護者らに対して損害賠償を求め、5人のうち4人は1人あたり840万円の示談金を支払うことで示談が成立。
しかし、残りの1人は「石(コンクリート塊)を置く行為に関与していなかった」「他の中学生が石を置こうとしたとき、止めるように言った」などと主張して示談に応じなかったため、1982年2月、京阪側が損害賠償を求める裁判を提起した。請求額は、当時の報道によると2180万円。
大阪高裁は中学生側の主張を認めたが、1987年に最高裁判所が「事故は予測できたから、口で言うだけでなく置き石行為を積極的に止めようとする義務があった」との趣旨の判決を出し、高裁に差し戻す。結果、他の4人と同じく840万円を支払うことで和解が成立した。
事故の有無に関わらず損害賠償が請求される可能性
上記は100人以上が負傷し車両も横転した大事故であるため、最終的に中学生と保護者らが支払った損害賠償も合計4200万円と高額になった。
一方、事故にまで至らなくとも、線路の上に物を置く行為には損害賠償責任が発生する可能性がある。
鉄道に関する法律に詳しい金井勝俊弁護士は「物を置くことで鉄道が運休となった場合、鉄道会社としては振替輸送の手段を用意したり、運賃を払い戻したりする等の損害が生じます」と話す。
民法上の不法行為責任が発生し、これらの損害の賠償を請求される可能性があるという。
「往来危険罪」の量刑は2年以上の懲役
線路上に物を置く行為は、民法上の不法行為責任を追及されるのに加えて、刑法で規定された「犯罪」に問われる可能性もある。「往来危険罪」だ。
(往来危険)
刑法125条:鉄道もしくはその標識を損壊し、またはその他の方法により、汽車または電車の往来の危険を生じさせた者は、2年以上の有期懲役(※)に処する。
(※)刑法改正により懲役と禁錮が拘禁刑に一本化されたことから、2025年6月1日からは「2年以上の有期拘禁刑」に。以下も同様。
通常の旅客列車に限らずラッセル車の場合にも、石や雪塊などの物を置く行為が往来に危険を生じさせた場合や往来を妨害した場合には、往来危険に該当する。罰金がなく懲役のみが規定されている、重い罪だ。
なお、往来危険罪を犯し、これによって列車を転覆させ、もしくは破壊した場合には、無期または3年以上の懲役に処せられる(刑法127条、126条1項)。また、転覆・破壊の結果、人を死亡させた場合には死刑または無期懲役に処せられる(刑法127条、126条3項)。
加えて、鉄道の運行業務を妨害している点で威力業務妨害罪(刑法234条、3年以下の懲役、または50万円以下の罰金)に該当する可能性もある。なお、往来危険罪と威力業務妨害罪の両罪に該当する場合、重い往来危険罪の量刑で処断される(刑法54条1項参照)。
2017年9月には、JR東日本吾妻(あずま)線の線路分岐器に置き石をし列車を緊急停止・停車させたとして往来危険や威力業務妨害の罪に問われていた被告人に、1年2か月の懲役が言い渡された。
金井弁護士によると、懲役刑の刑期が往来危険罪の「2年以上」を下回っているのは、被告人が自身の行為を認めて反省し、被害も弁償して更生も誓っていたなどの事情を酌量して減刑されたためだという(刑法66条、68条3号参照)。
一方で、置き石をした時に被告人は執行猶予期間中であったことから、執行猶予が付かず実刑が科されている。
「映え」狙いはほどほどに
たとえ事故や負傷者が出なかったとしても、線路上に物を置いて鉄道の往来を妨げると、損害賠償を支払うだけでなく刑務所に入れられるおそれもある。
冒頭で述べた通り、宗谷線に置かれていた雪塊は写真の「映え」を狙ったものとみられる。しかし、それは単なる「迷惑行為」にとどまらない、犯罪にもなり得る危険な行為であった。
北海道の桜が開花するのは4月下旬から5月初旬。美深町では5月11日に「望の森さくらまつり」の開催が予定されている。宗谷線の沿線にも美しい桜が咲くが、写真撮影を楽しむなら、マナーとルールを忘れずに。