◆メンバーの「やりきった」という顔に安堵
その言葉で、全員が吹っ切れたように気迫のパフォーマンスを見せると盛大な歓声が上がる。「ドラムパートで私がメインメンバーを任せてもらった『好きすぎてUp and down』も、ファンの方の表情で楽しんでもらえていることを実感できました」。また、「青春の旅人よ」では、ファンから派生して生まれた曲中の“いとうゆずコール”が会場を包んだ。
「とにかく最後まで必死でした。リーダーとしてもっとできたかなという心残りはあるけど、超雲公演が終わってメンバーを見たらやりきった!という顔をしていたから、安心できました」
伊藤は3枚目シングル「スペアのない恋」まで青空組だったが、4枚目以降は雲組へ移動になった。7枚目シングルの選抜発表後のブログに「私は今回も雲組です。正直、『今回も』と言わなきゃいけないことが悔しい」と本音を漏らしていた。
「雲組も良い曲をいただいてるし、MV も撮らせてもらっている。でも、青空組がパフォーマンスしてるところを見ていて、ずっと心のモヤモヤはあります。やっぱり私にしか出せないものを見つけて、もっと押し出していくっていうことが足りないかなと思ってます。他の子と比べると表情がわかりづらいと言われることもあるので、そこも課題ですね」
◆自分の責任で追いかける「アイドル」という夢
グループ活動をしているときは24歳という年齢を感じることはないが、プライベートの友達と会うときに意識する場面は増えた。
「僕青のオーディションは大学の就活中に受けたんです。だから、同級生は就職して、結婚する友達も増えているので、もうそういう年齢なんだなって」
大学では服飾系の学科に在籍。学生ファッションショーなどでモデルを務めるうちに表に出る仕事に興味を持ち始めた。大学2年生のとき、日向坂46の4期生オーディションに挑戦したが4次審査で涙を飲んだ。それを機に別のやりたいことを模索したが、ライトを浴びてステージに立ちたい!という夢を超えるものはなかった。
「私はひとりっ子で両親に甘やかされていた部分もあったけど、『必ず大学は卒業する』というのは母との約束でした。だから、卒業に必要な単位を取り終えてから、僕青に受かったことを打ち明けて『卒業後は自分の責任でアイドルをやらせてください』とお願いしたのを覚えています」
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