
厳格な家庭環境で育ち、男性経験もほとんどないままにセクシー女優の道へ。そのなかで出会った現在の夫との関係性や、業界から離れた今だからこそ語れる当時のリアルな心境を語ってもらった。
◆父は「娘がお世話になります」と、菓子折りを持って事務所に…

「もともと、恵比寿マスカッツの大ファンだったんですよ。でも、番組を見ていた当時は彼女たちがセクシー女優であることを知らなかったんです。純粋に『キレイなお姉さんだなー』って感覚で見ていました。この人たちは何者なんだろう?アイドルかモデルなのかな?と疑問に思って、調べてみたらそういうお仕事の方々だったという……」
――メンバーに特別な推しはいたのですか?
「桃乃木かなさん!ほんとに大好きで、ライブやサイン会に通ったり、SNSでファンの方々と交流したりしていました」
――桃乃木さんは、生田さんが以前に所属していた事務所の先輩ですよね。これは偶然?
「いや、必然ですね。私はセクシー女優の仕事に憧れを抱いてはいたのですが、自分には絶対に無理だと思っていたんです。親がすごく厳しかったし。でも、桃乃木さんへのファンレターには『私もやってみたいけど勇気が出ない』とか、内に秘めた想いをよく綴っていたんですよ。その一文がスタッフさんの目に留まったというか(笑)」
――親御さんには内緒で始めたのでしょうか?
「最初は隠していました。でも、後々になってバレてしまうよりも、先に言っておくほうがいいかなと思ったんです。認めてもらえればラッキー、ダメならダメで仕方がない、くらいの感じで打ち明けました」
――そのときの反応は?
「母は……大反対でした。もともと心配性なのと依存体質なのも相まって、『早く地元に帰って来い』『お金を送れ』とか、電話やメールがひっきりなしでしたね」
――それって、厳しいというよりも……。
「いわゆる毒親かもしれないです。ただ、父は応援してくれました。もともと母と別居していて疎遠になっていたんですけどね。自分が長男で好きな道には進めなかったという過去があったそうで。『やりたいなら、やってみればいい』というスタンスで、サポートをしてくれるようになったんです」
――父親が理解を示してくれるのは、わりと珍しいケースのような。
「父は事務所に一緒についてきて、菓子折りを持って『娘がお世話になります』と挨拶もしてくれたんです。事務所の社長も『こんなことは初めてだ!』って驚いていましたよ(笑)。
でも、母とはずーっと揉め続けました。デビューから2年くらい経った頃、精神的にもキツくなってきて距離を置くことに決めたんです。実は今も連絡を取っていません。音信不通になって7年……今なら和解できるのかもしれない。でも、それよりも『母が怖い』という感情の方が勝ってしまう。まだまだ厳しいかな、と思っています」
◆「チャンスは平等ではない」という現実を目の当たりにした

「最初はとにかく楽しくて、やりがいのある仕事だと思っていました。専属女優としてデビューをして、すごく必要とされている実感があったんですよね。専属から離れて企画女優になったときがまさにメンタル面での山場でした。今だから言えることですが、専属でなくなることで、自分のブランドが1つ消えたような感覚に陥ってしまったんです」
――今の時代、専属でなくとも売れっ子の女優さんはたくさんいますよね?
「もちろん、それはそう。企画女優でも輝ける時代です。その反面、女優の数がすごく増えました。私はロリ系と呼ばれるタイプの女優だったのですが、ちょうどこのジャンルのメーカーが少なくなったタイミングで、競争率がめちゃくちゃ高くなってしまったんですよ」
――これもまた時代の流れではありますが……。
「正直に言って、ちょっとショックが大きかったです。出たかったメーカーはどんどん消えていき、私へのオファーも右肩下がり。まるで、業界から目を向けてもらえなくなったような。女優に与えられるチャンスは、決して平等ではないという現実を目の当たりにした気分でしたね」
――生田さん、あまり自分に自信がない人だったりします?
「はい……。私、競争が向いていないというか。目的に喰らいついたり、闘志を出すのがヘタなんです。学生時代は母から携帯電話を持たせてもらえなかったのもあって、クラスでも共通の話題に乗れず、コミュニケーションが取れなかったんですよ。イジメも受けていて、中高ともにずっと保健室登校でした」
――恋愛もしていなかった?
「まったく。実は初体験もSNSで知り合ったおじさんなんです。処女のままデビューするのはどうなのかな?と思って済ませただけだったので、デビュー前にシタ経験はそれ1回きりなんですよね」
――未経験のままデビューする方が話題性が上がったのでは(笑)。
「今思うと、そうかも(笑)。女優になってからはそれなりに遊んだりもしました。でも、コロナ禍に入ってからは、他人と接することがなくなってから、そういう欲も一気に消えてしまったんですけどね」
――その後、2023年2月をもってセクシー女優を引退。何か理由があったのでしょうか。
「ひと言でいうと『もういいかな』ですね。これ以上続けていても、仕事が爆発的に増えることはなさそうだし、時代的にも私のジャンルはなかなか難しい。それに、私自身が性行為を不特定多数の人に見てもらうことに意義を感じられなくなったことが大きいです。
ただ、お芝居をすることは好きだったので、“生田みく”の名はそのままに、Vシネマやピンク映画の仕事は引き続き受けることにしました」

