
老後資金は「2,000万円必要」「5,000万円あれば安心」――など考えていませんか。多くの人が“なんとなくの目安”で老後資金の準備を進めていますが、その金額は何歳までの生活を前提にしているのでしょうか? 長生きしたことで老後資金が尽き、子ども世代に大きな負担がのしかかる場合もあります。90代の母と65歳の息子が直面した事例から、「長生きリスク」と備え方について、CFPの伊藤寛子氏が詳しく解説します。
100歳まで生きても「老後資金は足りる」はずだったが…
「康介、今日もわざわざすまないねぇ……。本当に申し訳ないね、こんなに長生きしてしまって。あんたたちに迷惑をかけて申し訳ない」
――そう母がこぼすたびに、山田康介さん(仮名・65歳)はどう返事をしていいかわからなくなります。
母親の和子さん(仮名)は現在94歳。夫が亡くなってから、すでに14年が経ちました。以前に比べると足腰が弱り、判断力や記憶力も少しずつ低下してきています。それでも、最低限の身の回りのことはある程度自分でできる状態です。ただし、食事の用意や通院など、日常生活の多くは同居する康介さん夫妻や介護サービスの支えが欠かせません。
「もう十分長生きしたよ。お父さんのところへ早く行きたいね」
事あるごとに、母はこう口にします。その言葉の裏には、ある事情がありました。
父が亡くなったのは、母が80歳のときでした。当時の金融資産は約1,000万円。母親の年金は月13万円ほどでした。父が生きていたころから贅沢はせず、つつましく暮らしてきたこともあり、家族は「老後のお金は問題ないだろう」と考えていました。
当時の生活費は月15万円ほど。毎月の赤字は約2万円、年間で約24万円を貯蓄から取り崩す計算になります。「このくらいなら、なんとか大丈夫だろう」――それくらいに感じていました。
年間24万円の取り崩しであれば、1,000万円の資産は40年以上持ちます。和子さんが100歳を超えても、理論上はお金が残るはずでした。しかし、この計算には落とし穴がありました。それは、「支出が今後も変わらない」ことを前提にしていたことです。
82歳を過ぎた頃、状況は一変…10年後「貯蓄枯渇」が現実に
82歳を過ぎた頃、和子さんは膝を悪くし、外出にはタクシーが欠かせなくなりました。通院回数も増え、医療費や交通費がかさむようになりました。さらに、日常生活の負担も増えたことで、デイサービスや家事支援サービスを利用するようになり、介護費もかかるようになりました。
その結果、生活費は月20万円まで増え、毎月の赤字は月7万円、年間では約84万円に膨らみました。これにより、資産の減り方は一気に加速しました。
・85歳時点:約800万円
・90歳時点:約200万円
母が92歳を迎えた年、ついに貯蓄はほぼ底をつきました。
もし母が90歳で亡くなっていたなら、資産は残っていたかもしれませんが、母は今も元気に生きています。長年暮らしてきた自宅での生活を望んでいた和子さんでしたが、そのままでは立ち行かなくなってしまうことから、康介さんと同居することに。現在は、生活費や介護費用の不足分を康介さんが補っています。
しかし、康介さん自身もすでに65歳です。定年後も再雇用として働いていますが、現役時代に比べて年収は4割近く減少しました。それでも、夫婦共働きで家をあける時間も長く、母親のサポートに必要な介護費用を削ることはできません。
「母の面倒を見るのは当然だと思っています。ただ、自分たちの老後もあるので、正直なところ不安もあります」
