
30年間、家庭を支えてきた専業主婦の献身。それを「当たり前」と思い込み、感謝すら忘れた夫とのあいだに、修復不可能な亀裂が走るのは必然かもしれません。本記事では、社会保険労務士法人エニシアFP共同代表の三藤桂子氏がAさんの事例とともに、増加する熟年離婚と、老後の再出発のリアルを解説します。※事例は、プライバシーのため一部脚色して記事化したものです。
「養ってもらっている」という気持ちが縛った、30年の献身
Aさんは20代後半で中小企業に勤める夫と結婚しました。結婚を機に仕事を辞めて以来、いわゆる「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という昭和の家族モデルを地で行く人生を歩んできました。30代は子育てに追われ、40代は受験期の子どもの教育費の足しにとパートへ。そして50代後半からは、実の親と夫の両親の介護が彼女の肩にのしかかりました。
「あっという間でした。気づいたら還暦を迎えていたんです」そう話すAさん。
その間、夫はまさに「一家の大黒柱」として仕事に没頭。家庭のことはすべて妻任せでした。「オレが養ってやっている」そんな封建的な考えを持つ夫に対し、Aさんは一度も愚痴をこぼすことなく、役割をこなしてきたのです。夫が仕事に専念できたのは、Aさんが家の中を完璧に守っていたからこそ。夫の親の介護であっても、夫は手伝うという発想すらありませんでした。しかし、夫にとってそれは当たり前であり、Aさん自身も「自分は養ってもらっている」という気持ちを持っていました。
「パパ育休」のニュースが突きつけた、自分の人生への疑問
近年、世の中の価値観は大きく変わりました。この30年のあいだにも、共働き世帯が増え、女性の社会進出が進みました。代表的なのが、育児介護休業法の改正です。産後パパ育休が新設され、男性の育児休業取得率は40%を超え(令和6年度調査)、夫婦で家事・育児を分担する姿が日常の風景となっています。
テレビから流れるそんなニュースを耳にするたび、Aさんの心には小さなさざ波が。
「私はずっと、夫の考えに従うしかなかった。でも、本当にこのままでいいの?」
本音では結婚後も働き続けたかったAさん。しかし、「結婚=退職」という当時の職場の空気と夫の強い意向に押され、自らのキャリアを諦めた過去が、いまさらながら胸を締め付けたのです。
定年後は一生「お手伝いさん」?卒婚を決意させた夫の一言
子どもたちも独立し、親を看取り、夫も定年を迎えたとき、Aさんが夫に期待したのは「対等なパートナーとしての休息」でした。「ようやく自分の負担も軽くなる」。そう思っていたのです。60歳で定年退職した夫の手元には退職金が入り、夫婦合算の年金は年間320万円(夫240万円、妻80万円)。のんびり暮らせる収入額でしょう。
しかし、現実は期待どおりにいきません。毎日家にいる夫。夫は現役時代、休日になるとAさんをお手伝いさんのように、「お茶をいれろ」「新聞を持ってこい」と命令ばかりしていました。買い物に行こうとすれば「どこへ行くんだ」「なにを買うんだ」と事細かに干渉される日々。そんなことを思い出しました。セカンドライフをのんびり好きなように過ごしているのは夫だけ。
「定年後は、毎日これが続くのか……。やっと介護が終わったのに……」
限界に達したAさんは、ある日告げました。
「あなたが家でのんびりするなら、私は外へ働きに出ます」
驚いた夫は、鼻で笑ってこう言い放ったのです。
「いままで養ってもらっていたのに、お前を雇ってくれるところなんてあるのか?」
この見下した一言が、Aさんの心を折りました。
「これからは、自分のことは自分でしましょう」
それは、長年の束縛からの卒業、すなわち「卒婚」の宣言でした。
