日々の暮らしを自分で回していく力を養っておく
田村さんの事例からみえてくるのは、「稼ぐ力」と「生活する力」は別物だという現実です。高収入で退職金も十分だった田村さんが苦境に陥ったのは、お金の管理を丸投げし、生活スキルを身につけてこなかったからにほかなりません。ファイナンシャルプランナーの立場から、同じような境遇に陥らないためにお伝えしたいことが3つあります。
第一に、夫婦で家計の「見える化」を進めること。定年前の50代のうちに、老後のキャッシュフロー表を夫婦で作成してみてください。年金見込額はねんきん定期便で確認できます。退職金の手取り額、預貯金の残高、保険の解約返戻金。これらをすべて洗い出し、65歳以降の収支がどうなるのかをシミュレーションしておくことが重要です。
第二に、年金分割の仕組みを正しく理解すること。合意分割であれば按分割合は最大2分の1。3号分割であれば、請求するだけで相手の合意がなくても分割されます。つまり、離婚すれば年金が大幅に減る可能性があることを、あらかじめ知っておく必要があるのです。
第三に、生活力を養うこと。料理、洗濯、掃除といった家事スキルは、離婚だけでなく死別など万が一のときの生活コストに直結します。コンビニ弁当が1食600円として、1日2食で月3万6,000円。一方、自炊であれば月2万円程度に抑えることも可能です。年間で約19万円もの差が生まれます。
田村さんには現在、生活費の見直しと並行して、新NISAのつみたて投資枠を活用した資産の延命策を提案しています。残った退職金のうち、当面使わない分を低リスクのバランスファンドに振り分け、取り崩しのペースを緩やかにする方法です。
「もっと早く、こういう話を聞いておけばよかった。妻ともちゃんと向き合えたかもしれない」
田村さんのこの言葉が、すべてを物語っています。定年後の人生は、思った以上に長いもの。「勝ち組」の看板は、退職した瞬間に外れます。その先に待っているのは、肩書きではなく、日々の暮らしを自分で回していく力が試される時間です。
老後の備えとは、お金を貯めることだけではありません。パートナーとの関係を見つめ直し、生活のすべてを自分ごととして捉え直すこと。それが、人生の後半戦を穏やかに過ごすための、なによりの「資産」になるのではないでしょうか。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー
