時間はあるのに、やりたいことは見つからず
「ようやく持てた自分の時間」でしたが、いざ目の前に差し出されると、なにをすればいいかまったくわかりません。
学生時代からの友人は皆遠方に住んでいるか、まだ働いています。これといって没頭できる趣味もありません。現役時代のゴルフも、仕事の一部でしかありませんでした。朝起きても、誰からもメールは来ず、電話も鳴らない。妻はいつも習い事だ、友達とランチだ、といって留守にしています。テレビをつければワイドショーが流れていますが、自分とは無関係な世界の出来事のように感じられます。
「今日が何曜日かわからなくなる」
かつてはあんなに欲しかった自由な時間。目的のないいまとなっては、ただただ時間だけが過ぎていきます。レンジの加熱終了を知らせる電子音だけが響く静かなリビングで、ヒロシさんは「誰からも必要とされていない」という実感を、初めて噛みしめることになったのです。
定年後に広がる「見えない孤独」
ヒロシさんの事例は、経済的な不安はなくても、「精神的な居場所」と「生活の自立」が欠如していたことで起こる典型的な「定年後クライシス」です。
ケイコさんがお米すら炊かなかったのは、単なる手抜きではないのかもしれません。「米=おかずが必要」という夫の無意識の期待に応え続けることへの限界でした。冷凍うどんは、妻が「自分の時間は自分のために使う」という一線を引くための、切実な防衛策だったのでしょう。
また、ヒロシさんの「受け身」は、会社のなかで与えられた仕事をこなすことには長けていても、「自分の生活をゼロからプロデュースする」能力が退化していたことを示しています。なにを食べるか、どう過ごすかを自分で主体的に決められない状態は、精神的な老化を早める大きな要因となります。
内閣府の調査が示すとおり、満足度を左右するのは所得だけではありません。
・社会的なつながり(会社以外の友人)
・自己実現(没頭できる趣味や役割)
これらは、現役時代から少しずつ準備しておくべき「見えない資産」です。定年後の生活において最も必要なのは、一人の人間として、自分の機嫌を自分で取れるスキルではないでしょうか。
豊かな老後とは、贅沢な食事をすることではなく、「今日一日をどう楽しく使い切るか」を自分で決められる自律心に宿ります。食卓の冷凍うどんは、妻からの静かながらも重いエールなのかもしれません。
