◆翌日、本当に犬が出社してきた

「小型犬で大人しくはあったものの、事務所に犬がいるという異様な光景に、みんなどこか落ち着かない様子でした」
「意外と良いね」という声もある一方で、「本当にこれでいいのか」という空気も確かにあった。ペットを連れてくるという行為は、たとえ上司の許可があったとしても、職場全体の合意なしには成立しにくいもののはず。他の社員への配慮、衛生面、業務への影響——そういった観点から見れば、お局さんの反対意見には十分な根拠があった。
だが、その金曜日にはまだ誰も、翌週に何が起きるかを知らなかった。
◆週明け月曜日、彼女は現れなかった
週が明けた月曜日、なんと彼女は出社してこなかった。遅刻か、あるいは体調不良か。そんな話題が社内で出始めたころ、午前中に本人から電話が入った。その内容は、誰も予想していなかったものだった。
「妊娠が発覚したため、退職します」
新海さんは「あまりにも突然で、誰もが言葉を失いました」と振り返る。入社からわずか1週間。かわいらしい新入社員が入り、職場が少し華やいだと思った矢先の出来事だった。
後から思えば、お局さんは犬の件について「後々問題になる」と違和感をあらわにしていたが、結果として的中した形となった。もちろん、妊娠して退職することまで予見していたわけではないだろうが、入社直後に職場のルールを軽々と飛び越えてくるような言動には、何らかのシグナルが含まれていた可能性もある。それは長年の職場経験が培った、ある種の直感だったのかもしれない。
その後、彼女がどうなったのかは誰も知らない。連絡が取れたという話も、続報が届いたという話も、新海さんの耳には入ってこなかった。
歓迎ムードに包まれて始まったはずの新入社員受け入れは、まさかの幕切れを迎えた。職場では“珍事”として語り継がれているとか。
<構成/藤山ムツキ>
―[すぐに辞めた新入社員]―
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo

