◆清廉潔白な人はそうそう存在しない
メルさんの考えにも筆者は完全同意。たしかに、“同じくらいの性格の悪さ”の相手とは長続きしやすいというのは、恋愛・結婚における真理でしょう。
一口に“性格の悪さ”と言ってもベクトル(種類・度合い)は十人十色でしょうが、まず言えるのは、“性格の悪さ”がゼロの清廉潔白な人間なんて、そうそう存在しないということ。
誤解を恐れずに言いますが、世の中の大多数の人が大なり小なり“性格の悪さ”を持っているものです。
ただ、“性格の悪さ”にも種類はいくつもありますし、その種類のなかでも度合いは人それぞれですから、そこがピッタリ合う相手とは、さほど発言を気遣う必要がなく、一緒にいても自然体の自分でいやすいはず。
窮屈さがなく、居心地が良い相手となるでしょう。
◆つまりは「性格の相性」の良し悪しという普遍的なテーマ
“同じくらいのだらしなさ”しかり、“同じくらいの性格の悪さ”しかり、自分も同じ感覚だから気にならないという場合もあるでしょうし、仮にちょっと気になるような言動だったとしても、自分も人のことを言えないからと許容しやすいのかもしれません。パートナーの言動を無理なく許容できるということは、恋愛・結婚を長続きさせるうえで意外と大切なポイント。
今回の話は、要するに「性格の相性」の良し悪しの問題で、ごくごくありきたりなテーマとも言えます。
けれど、性格の相性が合うかどうかという話題になったとき、たいてい良い部分のほうに焦点が当たりがち。
もちろんポジティブな要素の相性の良し悪しも重要なのですが、今回取り上げた“性格の悪さ”というネガティブな要素が合うかどうかも、かなり重要だということなのです。
みなさんも恋愛・結婚のパートナー選びの際に、“同じくらいのだらしなさ”や“同じくらいの性格の悪さ”といったネガティブな要素も、視点のひとつに加えてみてはいかがでしょうか。
<文・堺屋大地>
―[ゼロ恋愛 〜経験値ゼロから学ぶ恋愛講座〜/堺屋大地]―
【堺屋大地】
恋愛をロジカルに分析する恋愛コラムニスト・恋愛カウンセラー。本連載意外に『SmartFLASH』(光文社)でドラマコラム連載、『コクハク』(日刊現代)で芸能コラム連載。そのほか『文春オンライン』(文藝春秋)、『現代ビジネス』(講談社)、『集英社オンライン』(集英社)、『週刊女性PRIME』(主婦と生活社)、『女子SPA!』(扶桑社)などにコラム寄稿。LINE公式のチャット相談サービスにて、計1万件以上の恋愛相談を受けている。公式SNS(X)は@SakaiyaDaichi

