◆潜在的に蓄積する「批判の声」

もちろん、誰からも愛されることは不可能です。けれども、ミセスと運営、そして彼らのファンは、そのような批判の声が存在することを認識できているのか。しかもそれは必ずしも的外れではないという冷静な客観性はあるのか、という点に疑問を感じてしまうのです。
確かに、数字の上ではいま一番売れているバンドなのは間違いありません。だからこそ、“国民的”と形容されるのでしょう。
ただし、ミセスを全肯定するファンの規模だけで“国民的”と呼ぶのは大きな間違いです。なぜなら、ファンの向こう側にいる、ミセスに無関心な人の数のほうが圧倒的多数だからです。彼らはミセスを好きでも嫌いでもありません。
その代わり、良識に照らし合わせて言動を冷徹に見つめています。ミセスの炎上ニュースのたびに、認識が形成されていくからです。
現状はファンの熱量が批判をかき消しているように見えます。
しかし、その怖さのないところで展開されるエンターテイメントに、一体どれほどの価値があると言えるのでしょうか?
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4

