グリーンの世界に没入する
スリッパに履き替え、ステップを下りる。左官の技法で仕上げた「地中リビング」での作法だ。地面を掘り込んで作られたベンチに腰を下ろすと、目線の高さに草木が現れ、距離がぐっと近づく。コーヒーをすすりながらその息吹を感じているうちに、気づけば2時間がたっていた。立ち上がった瞬間、体がすっと軽くなっていたことにも驚く。
ここでは、“植物にまみれて”鑑賞するという新感覚の体験ができる。この空間を生み出したのが、建築家やデザイナーなど気鋭のクリエイターたちである。


イランイラン、黒文字、マンゴー、カルダモン──。温室と外庭には、東洋で自生する草木のうちおよそ300種がある。これを紹介するのが『大多喜有用植物苑』だ。
房総半島のほぼ中央部に位置する大多喜町は、温暖な気候で植物が育ちやすい。古くからハーブの栽培も盛んで、周辺には薬草園も点在する。同施設の前身はハーブガーデンとして30年ほど親しまれてきたが、2024年に閉園。去る4月1日、日本とアジアの“暮らし”に溶け込む草木を集めた場所としてリニューアルオープンした。これらを“有用植物”と定義し、「香」「薬」「建築」など活用されるジャンルごとに配置している。

温室には三つの鑑賞スポットがあり、いずれも「リビング」と名付けられている。空間デザインを担当した日高海渡氏が、“暮らし”との共存をイメージして設(しつら)えたものだ。
この『大多喜有用植物苑』は、建築や空間、食やプロダクトまでを含め、新進クリエイターによって再構築されている。建築や家具の設計を手掛けたのは、『高輪ゲートウェイ駅 EKI PARK』や『大手町の森 プロジェクト』などで注目を集める會田倫久氏だ。竹のテーブルやボタニカルダイの布など、植物苑の個性を際立たせるマテリアルデザインは佐藤光葉氏が担当した。
味覚で知るハーブの魅力
“有用植物”を愛(め)でるのは、視覚だけではない。併設のカフェでは「食」の分野で重宝されるハーブを用いた料理とドリンクがいただける。
フードの看板となるのは「烏山椒(からすざんしょう)の野草カレー」と「猪(いのしし)肉のかつサンド」。いずれも大多喜町らしさが光る内容だ。この2品は、ローカルファーストをテーマに料理を提供する『Maruta』で腕を磨いた石松一樹氏が考案した。


