◆派閥に属さず目をギラつかせる、菅さんに妙に惹かれたんです
――朝日はイデオロギー色が強めな印象ですが、なぜ朝日に?今野:一番行きたかったのは日経新聞なんです。日経記者だった(※2)田勢康弘さんの本が好きだったから。小泉進次郎防衛相じゃないけど、セクシーな文章を書くんですよ。けど、朝日しか受からなかったので、’03年入社で甲府総局と秋田総局を経験。政治部に移ったのは’09年のこと。
――どんな政治家を取材した?
今野:最初は次の選挙での引退が決まっていた小泉純一郎元首相の番記者をやりました。「最近の麻生さんを見ると笑っちゃうよ」とユーモアと皮肉もたっぷりに首相をも批判する魅力的な人。当時は麻生政権末期で、「郵政民営化に賛成ではなかった」と失言した麻生さんと小泉さんの溝が深まっていたんです。
――影響を受けた政治家は?
今野:(※3)菅義偉元首相ですね。菅さんは地元が秋田で横浜を選挙区にしていたけど、逆に僕は横浜が地元で秋田総局を経験した身。菅さんは長老たちに嫌われていたから、非エリートの自分と共通する部分が多いなぁと感じて取材するようになった。

今野:菅さんは’07年総裁選で所属する宏池会が福田康夫さんを支持するのに麻生太郎さんを支持したり、世襲制限の導入を求めたりで、古賀誠さん(当時の宏池会会長)に煙たがられていたんです。清和会の実質的トップに君臨し続けた森喜朗さんとも溝があった。’09年に宏池会を退会してから無派閥を貫いた菅さんは一匹狼的で妙にギラついていたんですよね。’12年2月から取材し始めると「次の総裁選で安倍(元首相)さんを返り咲かせる」と野望を話してくれて、そのために麻生さんの支持を取りつけようと動いたのに、しょんぼり帰ってきたときの姿は忘れられない(苦笑)。麻生さんに「安倍は復活させるが、いきなり総理はねえ! お前の自己実現のために安倍を使うな」と怒られたと話していた。
◆蓮舫批判のポストで炎上して“謹慎”に……
――それが後の安倍―麻生―菅ラインになり、憲政史上最長政権に繋がったと思うと胸アツ!今野:(※4)’12年総裁選は石破茂さんと石原伸晃さんが本命だったけど、菅さんは安倍さんに懸けていたからね。野党でカネがないのでマックのコーヒーを飲みながら菅さんは勝ち筋を探してた。
――瞬く間に官房長官、総理へとのし上がりましたね。
今野:一杯100円のコーヒーを一緒に飲んでいた人が、ザ・キャピトルホテル東急の(※5)「ORIGAMI」で2000円近くするコーヒーを飲むようになった。ああいう変化も政治の面白さ。
――今野さんは一時、テレビ朝日に出向してましたよね?
今野:’21~’23年にかけてね。あれが、僕の転機になった。政治ニュースの解説者としてABEMAにも出演させてもらって初めて、コメントや視聴数で反響が可視化される体験をしたので。
――ただ、朝日新聞復帰後、炎上騒ぎで現場を外された。
今野:よくご存じで(笑)。’24年都知事選で惨敗した(※6)蓮舫さんについて、「自分中心主義か」と批判的なポストをしたら大炎上した。でも、言い方に問題はあっても、批評の範疇で事実関係に齟齬はなかった。会社から事実上の謹慎処分を受けたので謝罪ポストをしたけど、それで息苦しさを感じて’25年の中頃には会社を辞める決心を固めていました。

今野:朝日の部数は今後も減り続けると思うけど、一次情報を取る記者の仕事は非常に重要だから続けたい気持ちもあった。ただ、認識のズレもあった。この4月に朝日新聞の角田克社長が“AI全振り”宣言をしたじゃない? AIを駆使する「スーパージャーナリスト」を育成すると。角田さんはいい人だけど……それは違うよね。AIを叩いても出てこない情報を集めるのが記者の役割なんだから。年配の人ほど先が見えていない感じがするので、オールドメディアと言われる媒体は、50歳定年制にすべきだと思う。
――週刊誌にとっても耳の痛い話です……。ちなみに、辞めるときは誰に挨拶に行きました?
今野:菅さんと松井一郎さん(元大阪府知事)には挨拶に行ったね。維新が大阪系と非大阪系に分裂した’15年に菅さんに呼ばれて3人で食事してから親しくさせてもらっていたので。大阪万博会場が決まったときは、いち早く朝日で書かせてもらったりもした。辞めるとき、菅さんは「がんばれ」と応援してくれたけど、松井さんは「まだ娘がおるやろ? YouTubeなんて稼げんから、やめとけ」と心配してくれたんですよ。
――ご家族の反応は?
今野:妻は「朝日時代の半分の年収は稼いでね」と。3人の娘は何も言わないけど、高校生の次女が急にバイトを始めた(笑)。
――今後はどんな活動を?
今野:今や新聞を購読している世帯は半分にも満たず、若い単身男性の4割がテレビを持たないという時代だから、新聞・テレビを見ない人と政治の(※7)“架け橋”になりたい。ロールモデルは池上彰さんですね。わかりにくい政治の話を、データと裏取り取材に基づいた情報をベースに解説していきたい。
少々口の悪い“ポスト池上彰”から目を離せそうにない!
【Shinobu Konno】
1975年、神奈川県生まれ。中央大学総合政策部卒業後はアンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)入社。’03年に朝日新聞に転職し、山梨総局、秋田総局を経て’09年から政治部に。菅元首相や岸田文雄元首相の番記者を長く務めた。’26年1月に独立
(※1)口の悪い今野さん
’26年2月25日のReHacQでの、憲法9条を巡る小西洋之参院議員との討論では「小西さんの議論を聞いても時間のムダだ」と“今野節”がさく裂!
(※2)田勢康弘
元日経新聞政治記者、論説副主幹。1990年代には覆面作家として非自民連立政権誕生を予想する小説を書いて見事的中。『政治ジャーナリズムの罪と罰』『総理の座』などの著書を残す
(※3)菅義偉元首相
’12~’20年に官房長官を務め、’20年9月に第99代内閣総理大臣に。イスラエルの近接戦闘術・クラヴマガを趣味とする今野氏に対し、空手名誉九段の菅氏は「空手も政治も間合いが重要」と話したとか。菅氏は今野氏の退職と同時期の’26年1月に政界引退
(※4)’12年総裁選
町村信孝氏、林芳正氏ら5人が立候補。投票の結果、地方票を最も多く獲得した石破茂氏が1位、安倍氏が2位、議員票トップの石原伸晃氏が3位で石破・安倍両氏による議員票のみの決選投票へと持ち込まれると、安倍氏が逆転して総裁に返り咲いた
(※5)「ORIGAMI」
菅氏が官房長官、首相時代に行きつけにしていたレストラン。今野氏もたびたび菅氏に朝食に誘われ、名物のパーコー麺などを一緒に食したという
(※6)蓮舫さんについて~
’24年都知事選の後、連合の芳野友子会長が蓮舫氏の敗因を「共産党が前面に出すぎ」たことではと指摘した記事が配信されると、蓮舫氏が「現職(小池百合子氏)を支持した貴方が評論ですか(中略)組合離れはこういうトップの姿勢にあるかもしれませんね」とX上で反応。これに対して今野氏が「共産べったりなんて事実じゃん(中略)自分を(連合が)支持しない、批判したから衰退しているって、自己中心主義か本当に恐ろしい」とポストしたところ大炎上
(※7)“架け橋”
今野氏は’26年2月に、ポリティカル・ブリッジを設立。「政治の架け橋に」という意味を込めたが、その社名を考えてくれたのは生成AIの「Gemini」
取材・文/小川匡則 撮影/菊竹規
―[インタビュー連載『エッジな人々』]―

