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沖縄で暮らしたアメリカ人男性が感じた生活の不便さ。それでも日本の印象がポジティブだったワケ

沖縄で暮らしたアメリカ人男性が感じた生活の不便さ。それでも日本の印象がポジティブだったワケ

◆“困っても誰かが助けてくれた”沖縄で感じた人との距離感

こうした戸惑いの連続の中で、アーロンさんの中にすこしずつ芽生えていった感覚があります。それは、“うまくいかなくても、無理に押し通さなくていい”という考え方です。

「アメリカだったら、もっと強く主張したり、イライラしたりしていたと思います。でも日本では、そういうふうにはならなかったんです」

言葉が通じない、仕組みが分からない。そんな状況では思い通りに進まないことも少なくありません。それでも、感情をぶつけるよりも、一度引いて受け入れるほうが自然だと感じるようになったといいます。

「怒っても解決しないんです。だったら、やり方を変えるしかない。そう思うようになりました。印象的だったのは、人との距離感です。近くに誰かいれば、たいてい助けてくれました。自分からうまく説明できなくても、何とかしようとしてくれる人がいるんです。うまくいかないことがあっても、“誰かのせいだ”と感じることはほとんどなかったです。そういう状況なんだ、と受け止めるようになったんです」

アーロンさんにとって、そんな積み重ねが、日本での時間を特別なものにしていきました。

◆日常の延長として残る、日本という場所

北海道旅行
沖縄で親しくなった仲間たちと出かけた北海道旅行(写真提供:アーロンさん)
読めない言葉、分からない仕組み、思いがけない出来事の数々。それでも、日本の暮らしは、困難よりも穏やかな記憶として残っているアーロンさん。

「本当に楽しい時間でした。長く暮らしていましたが、嫌な記憶はあまり残っていないんです。不便さや戸惑いは確かにありました。それでも、それを上回るかたちで残ったのは、人の親切さや、穏やかなやり取りの記憶です」

異なる文化の中で過ごした時間は、特別なものではなく、どこか日常の延長のように心に残っている。アーロンさんにとっての日本は、そんな場所なのかもしれません。

<取材・文/トロリオ牧(海外書き人クラブ/ユタ州在住ライター)>

【トロリオ牧(海外書き人クラブ)】
2001年渡米、ユタ州ウチナー民間大使。アメリカでスーパーの棚入れ係やウェイトレス、保育士を経験したあとアメリカ政府の仕事に就く。政府職員として17年務めるが、パンデミックをきっかけに「いつ死んでもOK!な生き方」を意識するようになり2023年辞職。現在はNHKラジオ出演や日本のWebメディア執筆など幅広く活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員
配信元: 日刊SPA!

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