しかし、中にはその親切を「権利」だと勘違いし、感謝を忘れた傲慢な大人がいるようです。
今回の取材は、何気ないバスの車内で起きた少し厄介な一幕です。

◆静かな朝の楽しみと、わずかな“当たり席”
今回話を聞いたのは、都内で働く雑誌編集者の小堀さん(仮名・29歳)。出版社に入社して数年、まだ“駆け出し”と自称する彼にとって、毎朝のバス通勤は欠かせない大切な空間だそうです。「満員電車がどうしても苦手で。多少時間がかかっても、バスのほうが落ち着くんですよ」
自宅からターミナル駅までは、およそ30分。短すぎず長すぎないこの時間が、小堀さんにとっては“自分だけの時間”だといいます。特に好きなのは読書で、通勤用のトートバッグには常に単行本が何冊も入っているそうです。
「朝に本を読めると、その日ちょっと得した気分になるんです」
ただし、その楽しみにはひとつ条件があります。座れることです。
彼の乗る停留所は、大規模マンション群の近くにあり、始発に近いにもかかわらず乗客は多く、座席の確保は運次第。
「本当、ギリギリなんですよ。座れない日はもう諦めて立ってます」
そんな中、ある日の朝は“当たり”でした。小堀さんは運よく最後部の横長シート、その端の席を確保。窓から差し込む朝日を浴びながら、最近読み始めた推理小説を開いたといいます。
「この日は本当にいいスタートでしたね。静かで、ちょうどいい揺れで」
しかし、その穏やかな時間は、次の停留所で大きく揺らぐことになります。
◆途中から乗ってきた妊婦と老人
バスは順調に走り、いくつかの停留所を経るうちに、車内はほぼ満席となっていました。そんな中で停車した次の停留所から、ひときわ目を引く乗客が乗り込んできます。大きく膨らんだお腹の妊婦と、その後ろに続く高齢の男性です。「正直、どちらも大変そうだなとは思いました。でも、パッと見たときに、妊婦さんのほうが明らかに辛そうだったんです」
というのも、その妊婦はお腹の赤ちゃんだけではなく、背中にも幼児をおんぶしていたのです。身体への負担は想像以上だったはずです。
「見てるだけで、あれはきついだろうなって思いましたね」
その状況にいち早く反応したのは、前方に座っていた年配の女性でした。
「お母さん、こっちに座りな」
そう声をかけ、自然な流れで席を譲ったのです。車内にほんのりと温かい空気が流れた瞬間でした。さらにその後ろにいた学生が、今度はその女性に席を譲ります。善意が連鎖する、理想的な光景です。
「すごくいい流れだなって思って見てました。ああいうのって、なかなか見られないじゃないですか」
ところが、その空気を一変させる出来事が起きます。

