取り崩し期に入った家計の「見えない重し」
筆者は普段、現役世代を中心に家計設計の相談を行っていますが、リタイア前後の方からは「資産の取り崩し」に関する相談を受けることもあります。
資産の取り崩しには、独特の恐怖を伴うものです。給与収入があったころなら気にならなかった出費が、急に重く感じられるようになるケースは珍しくありません。11日間、義男さんがなにもいえなかったのは、親としての優しさだけではなかったのでしょう。
現役時代は、多少の出費も「来月の給料で取り戻せる」「ボーナスがあるから大丈夫」と思えました。しかし年金生活では、昇給もボーナスもありません。貯蓄は、使って減ることはあっても、増やすことは現実的に考えると困難なケースが多いです。特に、予定していなかった支出に直面したとき、予定していた資金計画が大きく崩れたように感じ、不安が募りやすいものです。
義男さんが感じていた居心地の悪さの正体も、こうした切実な危機感だったのではないでしょうか。「お金のことは気にしたくない」という思いがあればなおさらです。不安を直視することは難しいのかもしれません。だからこそ「帰ってほしい」ともいえず、「いてもいい」ともいいきれず、11日間が過ぎていきました。
「暮らしの方針」がないと、判断ができない
では、義男さん夫婦はどうすればよかったのでしょうか。健二さんに「いつ帰るんだ」と迫っても根本的な解決にはなりません。夫婦に必要だったのは、自分たちの暮らしの方針を持っておくことでした。
・自分たちの暮らしで大切にしたいことはなにか。
・月々の生活費としてどのくらいの水準を守りたいか。
・家族への支援はどこまでと考えるか。
・年間の取り崩し額として、どの程度までなら安心でいられるか。
こうした基準がかたちになっていれば、それが判断材料になります。「ここまでは喜んで迎えるけれど、ここからは相談しよう」と自分の中で線引きすることができるようになるのです。ささいなことで不安に振り回される場面が減っていくでしょう。
こうした方針を書き出すツールの一つとして、筆者はエンディングノートをお勧めしています。エンディングノートというと「遺書」や「相続対策」をイメージされる人も多いですが、これからの暮らしをどうしたいかを整理するために使えます。元気なうちに、自分たちの希望を自分たちの言葉で書いておくことで、暮らしの舵取りを自分たちの手に取り戻す糸口となります。
取り崩し計画に「家族との距離感」を組み込む
老後資金の取り崩し計画を立てる際、多くの人は「年間いくら使えるか」「何歳まで資産が持つか」という点ばかりを気にします。しかし実際、計画を立ててその計画が破綻してしまう原因の多くは、「想定外の支出が繰り返されること」です。
なかでも家族への支出を含む交際費は、金額をコントロールしづらく、感情的にも断りにくいため、一度発生すると振り回されてしまう人が多いです。だからこそ、取り崩し計画のなかで交際費として許容できる金額をあらかじめ示しておくことには意味があります。
去年のGW、義男さん夫婦が不安を感じたのは、息子の長居そのものではなく、方針を持たずにモヤモヤを抱え込んでしまったことでした。
もし同じようなモヤモヤを感じたことがあるなら、まずは一つだけ考えてみてください。「これからの自分たちの暮らしで、いちばん大切にしたいことはなにか」。明確に言葉にできるようになると、行動が変わってくると思います。
今年のゴールデンウィーク、みなさんはお子さんの『帰るよ』を、不安なく迎えられたでしょうか。
内田 英子
FPオフィスツクル代表
