
若い世代の間で広がる「NISA貧乏」という言葉。将来に備えて積立投資を優先するあまり、今の楽しみや経験を後回しにしてしまう人も少なくありません。しかし、実はこうした価値観はそれほど新しいものではありません。かつて早い段階から投資に取り組み、数千万円、さらには1億円を超える資産を築いた人たちの中にも、同じような選択をしてきた人はいます。本記事では、多額の資産を築きながらも、70代になって「ある後悔」を抱えることになった男性が襲われた「虚無感」の理由を、FPの小川洋平氏が解説します。
資産1億円超を築いた元公務員の「合理的過ぎた人生」
佐藤健一さん(71歳、仮名)は、都内で定年まで勤め上げた元公務員。大学卒業後は実家を離れることなく、そのまま都内の実家で生活を続け、結婚することもなく独身のまま人生を歩んできました。
そんな佐藤さんが投資に出会ったのは、1980年代後半のバブル期でした。当時は土地や株の値上がりを狙う投機的な取引で日本中が狂乱していた時代でしたが、堅実な性格の彼は、この流れに乗ることはしませんでした。
選んだのは、当時まだ日本では数少なかった、長期投資を目的とした投資信託の積立投資でした。
「年金は将来もらえなくなるかもしれない」
少子高齢化が問題視され始めていた時代。いち早く、そんな不安を感じ取った佐藤さんは、若いうちから淡々と積み立てを続けてきたといいます。
やがてバブルが崩壊し、多くの人が資産価値の暴落に狼狽する中でも、彼は「それ見たことか」と冷笑しながら投資を続けました。市場の混乱を外側から冷静に見つめていたのです。
彼の生活は極めて質素でした。実家暮らしで家に生活費を入れていたため固定費は少なく、外食や旅行もほとんどしない。人付き合いも最低限で、仕事が終われば自宅で晩酌をするのが日課でした。
そうした生活の積み重ねの結果、60歳で退職する頃には資産はすでに1億円を突破。退職金が入り、そして退職後も関連団体で働きながら収入を得て、リタイア後も資産はさらに増えていきました。
誰が見ても勝ち組の人生。しかし、70歳を迎えた頃、佐藤さんの中にある感情が芽生え始めます。
「この人生で、本当に良かったのだろうか……」
資産は増え続けても満たされない…虚無感の先で気づいたこと
両親はすでに10年前に他界し、佐藤さんは広い実家で一人暮らしを続けています。人と会話する機会はほとんどなく、お盆や正月に同級生と顔を合わせる程度。日常的に誰かと話すことはほぼありません。
経済的には何の不安もなく、年金は月17万円程度ありますが、生活費はそれ以下で収まるため、資産は減るどころか運用によって増え続けています。
それでも、ふとした瞬間に強い虚無感に襲われるようになりました。
「何のためにここまで貯めてきたのだろう」
「誰のためにこのお金を残すのだろう」
そんな思いが頭をよぎるようになったのです。
やがて佐藤さんは「生きる意味」を探すようになり、地域のボランティア活動に参加し、介護施設の送迎の手伝いを始めました。さらに、独学でマジックを覚え、保育園や幼稚園で子どもたちに披露するようにもなりました。
子どもたちの笑顔や、「ありがとう」という言葉。それは、これまでの人生で感じたことのない充実感でした。
「もっと早く、こういう時間を持てていたら……」
そう思う一方で、資産はあっても、それを分かち合う家族はいません。皮肉にも、最も満たされている今こそ、これまでの人生への後悔が静かに胸に広がっていたのです。
