◆「音、漏れてますよ」丁寧に伝えたはずが…

「吊り革につかまって、スマホでニュースを見ていました。とくに変わった様子もなくて、いつも通りの朝でした」
しかし、目の前に立っていた30代くらいの男性が、ヘッドホンをつけたままスマートフォンで動画を見始めたという。
「最初は気のせいかと思ったんです。でも、明らかに“音漏れ”してて、ヘッドホンのはずなのにセリフまで聞こえてきたんです」
その男性は、どこか清潔感のない服装で、アニメ系のキーホルダーがついたリュックを背負っていたそうだ。駅に着くたびに混雑が増し、音漏れはさらに目立つようになった。
「周りの人たちも、眉をひそめたり、目線をそらしたりしていましたね」
迷った末に、佐野さんは“なるべく柔らかめに”声をかけることにした。
「ちょっと音、漏れてますよ」
注意というより、本人が音漏れに気づいていないだけかもしれない……そんな思いでかけた一言だった。
◆「うるせぇな」返ってきたのは怒鳴り声
しかし、返ってきたのは“まさかの反応”だった。
「は? うるせぇな、お前に迷惑かけたか?」
男性は目を見開いてにらみつけてきたという。想像していなかった逆ギレに、佐野さんは言葉を失った。
「一瞬、頭が真っ白になって、なにも言えませんでした」
電車内は静まり返り、周囲の乗客も気まずそうに目を逸らしていたという。誰もフォローをしてくれることはなく、その沈黙が逆に佐野さんを苦しめた。
「“私が悪いの?”って気持ちになっちゃって……。なにも言わないほうがよかったのかなって思いましたね」
男性は次の駅で降りていったが、佐野さんの胸にはモヤモヤが残ったままだった。ほんの数分の出来事だったが、その日は一日中、気分が晴れなかったという。
「最近、“ちょっとした注意”が逆にトラブルになることが多いって聞きますけど、本当にそうなんだなって。だからって何も言わないのも違うし、むずかしいですよね」
その日以来、佐野さんは今も心にわだかまりを抱えながら、毎日通勤している。
電車では個人のマナーが大いに問われる。だが、不快に感じても声をあげにくい空気があるのは事実だ。自分の何気ない行動が周囲の迷惑になっていないか、あらためて意識する必要があるだろう。
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。

