
こんにちは、奈良在住の編集者・ふなつあさこです。
今回は、奈良国立博物館で6月7日(日)まで開催されている特別展「神仏の山 吉野・大峯 ―蔵王権現に捧げた祈りと美―」をご紹介します。
音声ガイドのナビゲーターを務める俳優・柄本 佑(えもと たすく)さんも実際に会場を訪れ、その奥深さに感動を受けた注目の特別展です。
この機会を逃すとお目にかかれない作品が目白押しなので、ぜひぜひお見逃しなく!
◆ 特別展「神仏の山 吉野・大峯 ―蔵王権現に捧げた祈りと美―」公式サイトはこちら!
栄華を極めた藤原道長も詣でた神秘の聖地 吉野・大峯

「役行者倚像および二鬼坐像」室町時代(15世紀)奈良・𠮷水神社【通期展示】
人は古来、大自然を畏れ、敬ってきました。とくに山岳は神聖視される例が世界各地に見られ、今なお信仰の場、修行の場として大切にされています。
日本でも、古くから山岳信仰が受け継がれ、「修験道(しゅげんどう)」という日本独自の信仰が形作られました。なかでも奈良県の吉野から和歌山県の熊野へと至る大峯は、神と仏の宿る聖地として崇敬を集めています。
修験道を創始したとされるのが「役行者(えんのぎょうじゃ)」です。

国宝『日本霊異記 上巻』(部分)平安時代(10世紀)奈良・興福寺【前期展示:5月10日まで】
平安時代初期の仏教説話集『日本霊異記(にほんりょういき)』には、役行者(役小角・えんのおづぬ)の伝承が収録されています。

「蔵王権現立像」平安~鎌倉時代(12~13世紀)奈良・大峯山寺【通期展示】
修験道の本尊が、蔵王権現(ざおうごんげん)。魔を払う宝具・三鈷杵(さんこしょ)を右手に掲げ、悪を切り裂く刀印を結んだ左手を腰に当て、掲げた右足で邪悪なものを踏みつけんとしているのだそう。
今でも修験道の聖地として修験者たちが修行の場としている大峯は女人禁制の山。こちらの蔵王権現さんたちがお祀りされている大峯山寺はその山頂にあります。
私が一生見られないはずの堂内が再現されているので、本当にありがたかったです……!

国宝「紺紙金字法華経・観普賢経(金峯山経塚出土)」藤原道長筆 平安時代 寛弘4年(1007)奈良・金峯山寺 ※現在は写真と異なる箇所が展示されています 【展示期間:5月12日〜24日】
修験道が盛んに信仰されるようになった平安時代には、大峯は弥勒(みろく)が出現するまで金を秘める山「金峯山(きんぷせん)」と呼ばれるようになり、天皇や藤原道長(ふじわらのみちなが)など都の貴族がこぞって参詣しました。
「紺紙金字経(こんしきんじきょう)」は道長による直筆のお経。ひ孫の師通(もろみち)や多くの臣下を引き連れて自ら金峯山に足を運び、埋めたものです。
今回の特別展では、この紺紙金字経を、修理後初公開! 全8巻が、期間を分けて展示されています。

国宝「蔵王権現鏡像」平安時代 長保3年(1001)東京・西新井大師總持寺【通期展示】
こちらは現存最古の蔵王権現像。道長の金峯山詣と近い時期に制作されたとされています。道長が実際に拝んでいたかも!?

重要文化財「蔵王権現立像」(部分)鎌倉時代 嘉禄2年(1226)奈良・如意輪寺【通期展示】
蔵王権現さんのポーズはとても躍動的ですが、こちらのお像の鋭い眼光には、生気が宿っているかのよう!

「吉野御子守明神像」鎌倉時代(14世紀)個人蔵【前期展示:5月10日まで】
山そのもの、そして神、仏……。修験道の信仰は、広がりを増していきます。
そのあまりの奥深さ、広さに圧倒されますが、なぜだか胸が高鳴ります。映画「ネバーエンディング・ストーリー」の主人公・バスチアンが学校の屋根裏部屋でむさぼるように本を読むシーンを思い出します。“不思議”って、なんて魅力的なんでしょう!
南朝の都、桜の名所……吉野・大峯の魅力が咲き乱れる

「如意輪観音坐像」鎌倉時代 延慶3年(1310)奈良・如意輪寺【通期展示】
山岳地帯にありながら、南北に京都から紀伊半島への道、東西は河内・和泉方面から伊勢方面への道が通り、その十字路にあたる吉野は、しばしば歴史の表舞台となりました。

「後醍醐天皇坐像」室町時代(15~16世紀)奈良・如意輪寺【通期展示】
足利尊氏が光明天皇を擁立したのに対抗し、吉野に南朝を開いたのが後醍醐天皇です。
頭のなかで埃をかぶっていた歴史の教科書の「南北朝時代」が急にリアルに感じられます。

「桜花流水図屏風」(右隻)江戸時代(17世紀)奈良・春日大社【前期展示:5月10日まで】
桜の名所として知られる吉野ですが、岩の間を流れる滝川、その岸辺に咲く山吹など、桜のほかにも吉野にまつわるモチーフが描かれています。

「青磁牡丹唐草文大花瓶」中国・元(14世紀)奈良・𠮷水神社【通期展示】
大河ドラマでも兄弟で活躍中の豊臣秀吉は天下統一を果たしたのち、徳川家康や伊達政宗をしたがえて、吉野で盛大なお花見を開催したそうです。

能や狂言を観ながら、酒盛りをしたのでしょうか? 今でも大阪から吉野へは結構時間がかかりますが、馬とか徒歩で目指して花見をするって、気合が違いますね、昔の人は。

