電子書籍は一切見ることはありません
ちなみに、私は電子書籍を一切見ません。
電子ものは、読んだ気がしないのです。場所塞ぎにならないメリットはあるかもしれないけれども、本というものはそこに「オブジェクトとしての書物」があることが大事なのです。
実際に本を持っていれば、たとえばなにかの記事を探そうというときに、「だいたいこのへんだったよな」と思う場所をパッと開けて、ササッと探すことができる。そして、そこに付箋をつけたりして、いつでもまた参照できるように、机辺に置いておくこともできますね。
こんなふうに、本を自分の手元に置いて、じっくりと読みながら、次に役立てていく、こういうことが自分の知識の蓄積にもなります。ところが、図書館で借りたり、電子本で読んだりして得る知識はなかなか身につかないものなのです。
記憶というのは当該の書物を読んだ瞬間だけのことだけではなく、その後に何回もその本を目にしたことで、またその記憶が強化されるのです。本の背表紙を見るたびに、「あそこでああいうことが書いてあったな」と、そこはかとなく思い出す。そういうことでもって、読んだことを忘れないものなのです。
だから、「林さん、よくそんないろんなものを読んで覚えていますね」などと言われますけれど、やはりそれは本を買っていることの功です。
「お金の節約」とは「お金を使わないこと」ではない
お金を使うことだけれども、新本で買うばかりではなく、同じもので古本のほうが安ければ、それを買う。そういう「知恵」も必要です。なにぶんお金は有限ですからね。
本だけでなく、古いCDなども、ブックオフのような所に出かけて探してみると、やはり掘り出し物に出合うことがあります。そうしたことは、自分にチョイスする見識があるかどうかの問題です。欲しいものが安く手に入れば、単純にうれしい。お金の節約というのはそうしたものです。
世の中は、お金を出しさえすれば大抵のことはなんとかなります。トランプのように大統領にだってなれる。かといって、お金はいくらでも出せばよいというものではありません。
「できるだけお金を出さずに、それだけの価値のものを手に入れる」ということが賢い生き方ではないのかなと思います。
まして、我々は手許に無尽蔵のお金があるわけではない。使えるお金の中で無駄を出さないでやろうと思えば、ヤフーオークションや「日本の古本屋」などさまざまなメディアを利用することが一番いい。
また各地の古書店と日ごろから「おつきあい」の買い物をしておいて、目録などが出た時にはすぐ送ってもらう、そしてまた、時には当面必要はなくても、御愛想に買っておく、そういう智慧も必要です。
そして各店の目録などを順繰りに見ておいて、つねづね古書の相場観を養っておく、そこにまた投資の「種」があります。
林 望
作家・書誌学者
