脳トレ四択クイズ | Merkystyle

コラム100本書き続けたら、お金の正体が消えた。(12万字超の記録)

ワタシ(中村修治)は、自分を褒めてあげたい!!
今回のコラムは「mymo」に寄稿し始めて記念すべき100本目!!
“お金”の話をあぁだこうだと、良くもまぁ綴ってきたわけだ。
1本あたり1200字が目安だから、合計120,000字は超えている。
この破格の歴史で見えた景色を、一旦、まとめてみたいと思う。
まことに、有難い!!

人生終盤!!激動の8年間!!

2018年3月が寄稿の1本目なので、足掛け8年。その間に、コロナ禍があった。実家じまいをした。会社も清算した。ふたりの娘たちは嫁いでいった。初孫もできた。おふくろも逝った。ワタシの人生終盤の激動期とmymoの寄稿は重なった。その度に“私のお金”を考え続けた結果が100本となったことになる。

コロナ禍とお金。

コロナ禍で人と自由に会えなくなった。その期間に得たのは、“お金”とは「安心を買うもの」ではなく「関係を切らないために循環させるもの」だという実感だった。

実家じまいとお金。

実家じまいで分かったのは、お金は“整理”はできるが、“思い出や納得”は、いつまでも整理しきれないということ。故郷に残るご親戚との関係は、そうやすやすとキレやしないという人間臭い自分。

会社清算とお金。

会社を清算して分かったのは、お金は“何かを始める力”ではなく、“ちゃんと終わらせる責任”でもあったということ。Finance(資産・財政)の語源がFinish(終わり)である理由が、深く理解できた。

娘たちの結婚とお金。

娘たちが嫁いでいって分かったのは、お金とは“遺すもの”ではなく、“気持ちよく手放すためにあるもの”だということ。いちばんいいお金の使い方は、戻ってこない使い方なのだなぁと…。

初孫の誕生とお金。

お金は、未来のために使えるが、未来そのものは連れてこられない。その未来を連れてくるのは、娘たち家族であり孫本人であるということ。いちばん豊かな瞬間は、いちばんお金が役に立たない瞬間でもあった。

おふくろの別れとお金。

葬儀の段取りも、手続きも、整理も、すべてお金で整えることはできる。むしろ、ちゃんと送るためには、お金は必要だ。だが、その一方で、はっきり分かる。どれだけお金をかけても “別れの重さ”を引き受けることはできないということだった。

お金の言語化=人生の再定義である。

この8年を振り返ると、どう考えても「お金のために書いていた」とは言えない。
もちろん、原稿料はありがたい。しかし、少なくともワタシにとっては、この金額は“動機”にはならなかった。

じゃあ、何のために書いていたのか。正直に言えば、「自分のため」である。毎月1本、締め切りがやってくる。そのたびに、立ち止まり、考え、言葉にする。世の中の出来事や、自分の感情や、人生の変化を、一度ちゃんと咀嚼する。その時間を、強制的に保有できたことは、ワタシの掛け替えのない資産だった。

人間は、放っておくと考えない。いや、考えている“つもり”で流してしまう。だが、1200字にまとめようとすると、誤魔化しが効かない。何を思っているのか、どこに立っているのか、自分で自分に説明しなければならない。つまり、この連載は、「思考の定期点検」だったのだと思う。

人は、書くことでしか、自分を更新できないと思っている。この8年間で起きた出来事は、どれも大きかった。コロナも、家族の変化も、別れも、出会いも。放っておけば、ただの“通過”で終わっていたかもしれない。

だが、書いた。書いたことで、それらは「自分の言葉」になった。そして、「自分の言葉」になったものだけが、次の人生に効いてくる。12万字というのは、ただの文字数ではない。8年間の出来事に、自分なりの意味を与え続けた記録である。

そう考えると頂いたのは原稿料ではなく    「人生の編集料」だった。mymoのおかげで人生を編集する習慣がついたことを考えれば、これは、破格である。信念と継続だけが万能であることを証明できている。

8年やってみて分かったのは、それは“根性論”ではないということだ。
信念とは「何度でも同じ場所に立ち戻ること」であり、
継続とは「その回数を裏切らないこと」である。
気合いではない。設計でもある。だが最終的には、“癖”みたいなものだ。
書かないと気持ちが悪い。
考えないと落ち着かない。
言葉にしないと前に進めない。
人生を編集し続ける。
その繰り返しの先に、どんな景色が見えるのか!?
101本目以降をいちばん楽しみにしているのは、ワタシ自身である。

配信元: mymo

あなたにおすすめ