暦の上では八十八夜を過ぎ、街に新緑がまぶしく映える季節。お茶好きならずとも、ふと「日本茶」の香りが恋しくなる時期ではないでしょうか。今、世界的に再注目されている日本茶ですが、その世界を覗いてみたいなら、ぜひ訪れてほしい場所が誕生しました。
大阪・福島区の古ビルをリノベーションした空間に、2026年4月にオープンした「te. Japanese Tea」。店主の西野真実さんが提案するのは、世間の「日本茶ブーム」のさらに先にある、日常に根ざしたお茶の愉しみです。
喉を潤す一杯から、心を満たす香りの体験まで。お茶を飲むのがもっと楽しくなる季節、あなただけの「最高の一杯」を見つけに行きませんか。

古ビルの静寂に、お茶の香りが満ちる場所

大阪・福島区の住宅街。JR野田駅からほど近い場所に、20年間使われていなかった古ビルを再生した複合施設「途ビル(とビル)」があります。その1階の扉を開けると、そこには外の喧騒を忘れさせるような、無機質ながらも温かみのある空間が広がっています。

目に飛び込んでくるのは、コンクリート打ちっぱなしの壁やむき出しの配管、そして天井を走る武骨な鉄骨。そんな「未完成」を楽しみ、構築し続けるビルのコンセプトを体現したかのような空間で、木の柔らかな質感を生かした緩やかなカーブのカウンターが迎えてくれます。
併設された木工所から漂う木の香りと、急須から立ち上がるお茶の清々しい香りが混じり合い、木と土に包まれるような居心地の良さを感じます。

店主としてカウンターに立つのは、西野真実さん。西野さんとお茶の出会いは15年ほど前、結婚を機に移り住んだ宇治市でのことでした。そこで出会ったママ友が、なんと代々続く茶農家。最初はお友達としてお茶の収穫を手伝っていただけなのに…その中で出会った、伝統的な「本簾(ほんず)製法」による抹茶の旨味と甘みに、衝撃を受けたそう。
お茶の奥深さに魅了され、日本茶インストラクターの資格を取得するまでにのめり込んだ西野さん。各地の生産者を訪ね歩く中で彼女が辿り着いたのが、日常のお茶である「番茶」でした。

「番茶は土地ごとの製法や土壌、人々の暮らしの工夫が混ざり合う、いわば日常の『ケ』のお茶。そこに根付く伝統や文化が見えてくるのが、民俗学的で本当に面白いんです」
カウンターに並ぶ茶葉を見れば、その色も形も、そして香りも、驚くほど千差万別。西野さんは、一杯のお茶を通して、その背景にある土地の歴史や物語までを丁寧に伝えてくれます。
カジュアルに、でも健やかに。日本茶の「今」を楽しむ

メニューには、特選抹茶から煎茶、和紅茶、そして各地の番茶まで、コーヒースタンドのような親しみやすいラインナップ。お茶に馴染みのない方でも楽しみやすいよう、窒素ガスでまろやかな口当たりに仕上げた「ナイトログリーンティー」や、華やかな「ライチ和烏龍ソーダ」といったティードリンクも提案されています。

お茶の味を引き立てるサイドメニューも、すべて西野さんの手作り。香ばしく焼き上げた「だんごセット」や、おにぎりと豚汁のセット、お茶漬けなど、お茶に寄り添う素朴で温かい味わいが揃います。自分に合うお茶を知りたいなら、緑茶や番茶の「3種飲み比べセット」で、その個性の違いを肌で感じるのもおすすめです。

金曜と土曜の夜には、お茶の魅力をさらに広げる「日本茶バー」へと姿を変えます。お酒が苦手な方でも楽しめるモクテル(ノンアルコールカクテル)も充実しており、西野さんが考案した「花香フィズ」は、烏龍茶を漬け込んだホワイトラムとライチが織りなす、洗練された香りの余韻が楽しめます。

カウンターでひときわ目を引くのは、理科の実験室にあるような小型の「減圧蒸留機」です。
この機械の役割は、素材の「香り」だけを純粋な水として抽出すること。例えば、柚子などのフレッシュな果実、スターアニスといったエキゾチックなスパイス、さらにはウイスキーオークチップまで。

「ウイスキーのチップを蒸留すれば、アルコール分は一切含まないのに、あの芳醇な樽の香りだけを閉じ込めた水ができるんです」
通常、沸騰させると壊れてしまうお茶の繊細な香りを守るため、真空状態にすることで50度という低温での抽出を可能にしています。こうして作られた「香りの水」をカクテルやモクテルにひと振りすることで、お茶本来の味を邪魔することなく、香りのレイヤーだけを重ねていくそうです。

ミクソロジー(Mixology)とは、従来のシロップやリキュールを使わず、フレッシュフルーツやハーブ、スパイスなどの自然素材を用い、蒸留や抽出といった技法を取り入れながら、新たな味わいや香りを生み出すカクテルスタイルのこと。te.では、日本茶をはじめ、さまざまな素材から抽出した蒸留水に旬のフルーツやお酒を掛け合わせることで、香りの重なりや余韻を楽しめる一杯を提案しています。
カウンターで蒸気が冷やされ、一滴ずつ「香りの水」へと姿を変えていく様子は、まるで化学の実験を眺めているかのよう。 その不思議なプロセスを肴に、ゆったりとお酒やモクテルを楽しむ――そんな好奇心を満たす夜の過ごし方も、この店ならではの醍醐味です。