アルバイトによって得られた新たな資産
アルバイトを始めるという決断は、お金のためではなく、「人とつながり続けるため」と考えると極めて合理的でしょう。
「週に2〜3日、無理のないシフトで、できれば若い方や年齢の違う方と関われるお仕事を選んでみてください」
3ヵ月後、田中さんは事務所に再来談しました。
「近所のホームセンターでアルバイトを始めました。週3日、午前中だけです。最初は道具の名前も覚えられなくて、20代の店長に何度も叱られましてね(笑)」
田中さんの笑顔をみられたのは、初回の相談以来、初めてのことでした。
「お客さまから『これ、どこにありますか』って聞かれるじゃないですか。あの一言が、こんなに嬉しいなんて知りませんでした。私を必要としてくれる人が、毎日いるんです。お給料は月7〜8万円です。自分の資産額からみれば、誤差みたいな額です。でも、このお金で同僚とランチに行ったり、お客さまに教わったお店で珈琲を飲んだりする時間が、何倍にも豊かに感じるんです」
老後の家計設計というと、どうしても「いくら貯めるか」「いくら取り崩すか」という金額の話に目が向きがちです。けれど、お金はそれを動かす人とのつながりがあって初めて価値を持つものです。
田中さんが選んだアルバイトは、自分の存在を社会のなかに置き直す行為そのものでした。お金を貯めるだけの人生から、お金とつながりを両輪で回す人生へ。あの風呂場での出来事が、皮肉にも田中さんの余生を救ったのかもしれません。
もし、自身や家族が「資産はあるのに、なにかが足りない」と感じたら、無理のない範囲で、社会と関わる小さな一歩を考えてみてください。お金だけでは決して買えないものが、その先で待っているはずです。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー
