◆21歳で痛風に…江夏豊の偏食人生
実は阪神時代から心臓以外にも患っていた病気がある。痛風だ。昭和の時代、メロンが超高級食品として扱われ、庶民のテーブルに並ぶことなどまずなかった。だからメロンが食いたいという気持ちを幼き頃からずっと抱いており、プロに入った一年目のときかな。たまたま静岡の袋井のメロン業者の方と知り合いになり、俺がメロン好きだとわかると「わかった、じゃあ江夏さん、メロンを送るよ」と言ってくれたのが運の尽き。毎年定期的に合宿にメロンを二ダース送ってくれるので、人にやるのがもったいなくて自分で一気に一日2つ3つ食っていた。それだけ食わないと減らないからだ。遠征があるから月の半分ほどしかいない合宿所で朝から肉やメロンばっかり食っているから弱冠二一で痛風になった。それから半世紀以上痛風との戦い。痛風の痛みは、悲鳴あげるほどの激痛が突然襲う。痛風とは、血液中の尿酸値が高くなることで下半身の関節に腫れや炎症を発症する障害。原因はぜいたくな食事、バランスの悪い食事が続くことで偏った栄養状態によって症状が出るといわれている。痛風は関節障害だけでなく、合併症を引き越す可能性も高いので、非常に怖い病気でもある。
痛風で足が痛いときは投げるのが億劫どころか、激痛で投げられない。広島時代、さすがに痛風がひどくてたまらず監督の古葉さんに「もう上げさせてほしい」と懇願すると、「そんな痛いんか? ほな大事にせな」と言ったすぐ後に「今日は投げんでいいからな。一応丸印(ベンチ入り)してるからおってくれ」と親切心を込めて言う。それなのに七回になるとベンチの中の俺を探し出して目が合うと「ブルペンに行ってくれ」と言われる始末。
「くそ、こんなに痛いのにしゃあねえ」もう我慢してブルペンに行った瞬間に「ピッチャー江夏」とアナウンスされる。もう「ふざけるな」と叫んだ。そんなことが3試合ぐらいあったかな。
【松永多佳倫】
1968年生まれ。岐阜県出身。琉球大学卒。出版社勤務を経て沖縄移住後、ノンフィクション作家に。プロ野球界の重鎮のインタビューをはじめ、スポーツ取材に定評がある。著書に『怪物 江川卓伝』(集英社)、『92歳、広岡達朗の正体』、『確執と信念 スジを通した男たち』(ともに扶桑社)、『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』(KADOKAWA)、『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『偏差値70の甲子園 ―僕たちは文武両道で東大を目指す―』、映画化にもなった『沖縄を変えた男 栽弘義 ―高校野球に捧げた生涯』、『偏差値70からの甲子園 ―僕たちは野球も学業も頂点を目指す―』、(ともに集英社文庫)、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『史上最速の甲子園 創志学園野球部の奇跡』『沖縄のおさんぽ』(ともにKADOKAWA)、『マウンドに散った天才投手』(講談社+α文庫)、『永遠の一球 ―甲子園優勝投手のその後―』(河出書房新社)などがある。5月15日に江夏豊氏との共著『江夏の遺言』を刊行した。

