木材の腐敗…改修費用に2,500万円
以前から家の中がカビ臭いなと思っていましたが、最近は部屋のクロスが浮き、部屋の床の幅木が黒ずんでいます。業者を呼んでファイバースコープなどで調べてもらうと、どうやら壁の中が結露で腐朽していることがわかりました。1990年代初頭の住宅は、現在のように壁内通気工法が多くなく、外壁材を防水シートの上に直接貼り付ける工法が多かったのです。これではすぐに結露し木材を濡らしてしまいます。
全体を改修するとしたらいくらかかるかと業者に質問したところ、木材が腐っているためお勧めはしないが、家全体を直すとすると1,500万円から2,500万円ほどかかるのではないかとのこと。借り住まいの往復の引っ越し費用を含めると、もっとかかります。「このままでは大地震が来たら倒壊しかねません。多くの人は改修せずに解体します」といわれました。
Tさんは、日本の住宅の解体までの年数は平均40年弱だとどこかで聞いたことがありましたが、Tさん夫婦の自宅も32年が経過しています。もとは田んぼだったというこのニュータウンの地盤にも問題があったのかもしれません。
2,500万円を出して改修するのか、それとも建て替えるのか、それとも賃貸マンションに移るか、夫婦で話し合いました。預貯金があるため2,500万円は出せますが、残りの貯金で暮らしていけるか不安です。建て替えるには2,500万円ではとても足りません。
「もっと便利なところに引っ越して、賃貸マンションにしましょうよ」と妻Cさんがいいます。運転免許は長くても10年以内に返納する予定です。改修したところで、駅から徒歩30分のこの家では暮らせなくなるかもしれません。「スーパーさえ歩いていけないこの古いニュータウンでの暮らしはそろそろ終わりかもね」と、夫Tさんが答えます。
それに近所は同世代の高齢者しかいない。「ニュータウンじゃなくてオールドタウンだね」と夫婦で笑いました。
「土地値1,000万円」の現実
移住に向けて、Tさんは早速、地元の不動産会社に自宅の売却査定を依頼します。建物としての価値がゼロであることは覚悟していましたが、かつて3,000万円で購入した土地です。地価値だけでも、せめて2,000万円近くで売れれば、新しい生活の原資になると期待していました。しかし、不動産会社から提示された査定額は、期待を大きく裏切るもので、「こちらの土地は1,300万円での売却が限界です」と担当者は、申し訳なさそうに理由を説明してくれました。
最近の住宅市場において、家を購入する若い共働き世帯が重視するのは、駅からの近さです。都心から電車で1時間以上かかり、さらに駅から徒歩30分以上、自動車が必須という立地は、それだけで需要が落ち込みます。
さらに、70坪という広さも現代では裏目に出ます。若い世代は総予算を抑えたいため、30〜40坪のコンパクトな土地を好むのです。広すぎる土地は、坪単価を大幅に下げないと買い手がつかないというのが、現代の郊外の「オールド」ニュータウンが抱える共通の問題です。
「しかも、建物の解体費用として、延床45坪の木造ですと、昨今の人件費や廃材処分費の高騰もあり、約250万から300万円が売主様のご負担になります。実質的な手残りは1,000万円程度になってしまうかもしれません」
バブル期の恩恵を受けて自力で貯めた1,000万円と、父親が特例を使って無税で譲ってくれた大切な1,000万円、苦労して返済した4,300万円のローン。総額6,300万円ものお金を注ぎ込み我が家の価値が、実質1,000万円にまで目減りしてしまうとは……。
夫Tさんはふと九州の大きな実家を思い出しました。祖父が建てた家は築100年を超えてもまだしっかりとしています。昭和初期の家は当然ながらヒノキやクスノキなどの国産材を使い、気密断熱とは無縁だけど通気をよくして木材が乾燥するようになっていたのでしょう。Tさんが家を建てた時代の家は、木材を接着剤で固めた集成材を使っています。祖父の時代の家は資産でしたが、バブル期の家は消耗品だったのかもしれません。
気をつけてよくみると、自宅周辺でも建て替えている家が数多くあります。「一生に一度の買い物といったものだけど、実は一生に2回じゃないか」。一生に一度というのは、Tさんの祖父のような昭和初期の時代にいえる言葉かもしれません。
