円安×アメリカ医療費の「恐怖」
実はハワイ滞在の後半、オサムさんは激しい腹痛と嘔吐に見舞われ、救急車で現地の大病院に搬送されました。診断結果は「急性胆嚢炎」。そのまま緊急手術となり、集中治療室(ICU)に3日間、一般病棟に4日間入院したのです。
退院時、病院のスタッフからは「保険会社と直接やりとりするから、今日の窓口負担は不要です」といわれ、オサムさん夫婦は「ゴールドカードの海外旅行保険が付帯しているから大丈夫」と高を括っていました。
しかし、アメリカ(特にハワイなどの観光地)の医療費は世界最高水準であり、さらに昨今のインフレと円安がその額を信じられない規模に押し上げています。
ドル建て価格 日本円換算(1ドル=155円)
救急車搬送費 2,000ドル 約31万円
緊急手術費用 4万ドル 約620万円
ICU滞在費(3日間) 2万8,000ドル 約434万円
一般病棟入院費・検査代 3万ドル 約465万円
総額 10万ドル 約1,550万円
オサムさんが信頼していたクレジットカードの海外旅行保険。その「疾病治療費用」の補償限度額は、1件につき「500万円」でした。
自己負担額=1,550万円ー500万円=1,050万円病院側からの通知に書かれていたのは、保険適用後でもなお1,050万円という巨額の請求でした。
日本の公的制度という救済策があるが…
「これでは貯蓄を丸ごと支払いに充てなければいけない……」と目の前が真っ暗になったオサムさんですが、日本の公的医療保険には、海外での医療費負担を救済する「海外療養費制度」が存在します。帰国後に申請すれば、お金の一部が払い戻される仕組みです。しかし、ここには計算ルールがあります。
払い戻される金額は、海外で実際に支払った「1,550万円」ベースではなく、「もし日本国内で同じ治療(胆嚢炎の手術・入院)を受けたら総額いくらかかるか」を基準に計算されるのです。
「支給される金額は、日本国内の医療機関等で同じ病気やケガの治療をした場合の費用(標準額)を基準に計算します。(中略)海外で支払った実際の医療費が、日本の医療機関で治療した場合の費用(標準額)より大きい場合は、日本の費用(標準額)を基準として支給額を算定します」(出典:全国健康保険協会公式HP「海外で急な病気にかかったとき(海外療養費)」より要約)
日本国内で同じ治療を行った場合の総医療費は、およそ100万円程度です。ここから日本の「高額療養費制度」を適用すると、一般的な所得層における自己負担額は約10万円に抑えられます。つまり、この制度によって国から補填(還付)されるのは、日本基準の総額から自己負担を引いた「約90万円」だけなのです。
ハワイでの医療費実費: 約1,550万円
クレジットカード保険補償: −500万円
海外療養費制度からの還付: −90万円
最終的な自己負担額: 約960万円
日本の福祉制度をフル活用してもなお、クレジットカードの限界値と海外の超高額医療費の狭間に落ちた「約960万円」という大金は、すべてオサムさんの持ち出しになってしまうという現実でした。
元公務員夫婦の「資産推移」
【夫婦の資産推移】
老後資金(5,800万円)ーハワイ旅行費用(330万円)ー自己負担医療費(960万円)
=4,510万円
1ヵ月のハワイ旅行をきっかけに、一瞬にして高級外車が丸ごと1台消え去るような打撃を受けることになったのです。
残された老後資金は4,510万円。まさかハワイ旅行の出費が、現役時代に培った貯蓄分を飲み込む額になるとは思ってもみませんでした。退職金分程度の老後資金は残っていますが、今後、夫婦のどちらかに本格的な介護が必要になったときや、自宅の大規模な修繕が必要になった際、少し前に思い描いていた「なんの心配もない、贅沢で自由なセカンドライフ」の設計図は、修正を余儀なくされました。
「まさか、たった1週間の入院で、人生をかけて働いた蓄えが消えてしまうなんて……」
サトミさんは夫の無事を安堵しつつも複雑な胸中。オサムさんは頭を抱えて言葉を失うしかありませんでした。
「自分たちには十分な貯えがある」という現役時代の成功体験こそが、時としてシニア世代のリスク管理を甘くさせます。世界の物価高と円安のスピードは、想定する常識を遥かに超えています。カードの付帯保険があるからと過信せず、海外旅行の際には必ず「治療費用無制限」の任意保険に加入しておくこと。こうしたリスク管理の欠如や、「知らなかった」では済まされない情報不足の代償は、あまりにも残酷な形で元公務員夫婦に突き付けたのでした。
