
晩婚化や高齢出産が進む現代において、子どもの「教育費」と親の「老後資金」のピークが同時に押し寄せる家計の二重苦に直面する家庭が増えています。子どもの想いを応援したいという一心が先行して無理な資金排出を続けてしまうと、将来的に親世代の老後資金が枯渇し、かえって子どもに経済的な負担を残すリスクをはらんでいます。本記事では佐藤さん(仮名)の事例とともに、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が晩婚家庭に潜むリスクと防衛策について解説します。※本記事は実話をベースに構成していますが、プライバシー保護のため、個人名や団体名、具体的な状況の一部を変更しています。
47歳で授かった愛娘への“終わらない仕送り”
地方都市で暮らす佐藤健一さん(仮名/72歳)は、地元企業を定年退職したあとも、年金を受け取りながら介護施設で働き続けています。朝は利用者の送迎を行い、夜は食事介助に追われる日々。年齢を考えれば決して楽な仕事ではありません。それでも佐藤さんは「まだまだ頑張らないと」と笑っていました。
そんな佐藤さんが身を粉にして働く背景には、25歳になる一人娘・美咲さん(仮名)の存在がありました。
過去に離婚を経験した佐藤さんは、40代後半で現在の妻・恵子さん(仮名/63歳)と再婚。そして47歳のとき、待望の娘を授かりました。若いころに味わえなかった“家族の幸せ”を手に入れた佐藤さんは、娘を目に入れても痛くないほど可愛がって育ててきたのです。
「自分が苦労した分、この子には好きなことをやらせてあげたい」。そんな思いがありました。
美咲さんは努力家に育ち、都内の理系大学へ進学。さらに卒業後は大学院の博士課程へ進み、研究を続けています。父親としては誇らしい限りでした。
ですが、美咲さんの卒業が近づいてきたとき、佐藤さんは本音ではこう思っていました。
「これで、やっと肩の荷が下りる……」
しかし現実は違いました。大学院の学費、都内での家賃、生活費の援助……。娘への支援が終わることはなかったのです。妻の恵子さんは、毎月通帳を記帳するたび、深いため息をつくことが増えていました。
どんどん減っていく通帳残高
47歳で娘を授かった佐藤さんは、娘が18歳で大学進学を迎えるころには、すでに65歳を過ぎていました。
一般的な家庭なら、子どもはすでに独立し、親は本格的な老後生活を迎えている年齢かもしれません。しかし佐藤家では、現役を退き退職金を受け取って資産がピークを迎えるタイミングと、教育費の負担がピークに達する時期が完全に重なってしまったのです。
会社員時代の佐藤さん夫妻は、決して浪費家ではありません。むしろ、共働きでコツコツと貯蓄に励み、退職時には約3,000万円の金融資産を保有していました。夫婦2人の生活費は、食費や光熱費、医療費などを含めて毎月約20万円。健一さんが介護施設で得るパート収入と恵子さんのバイト代、そして公的年金を合わせれば、本来であれば自分たちの生活費は十分に賄うことができ、貯蓄を切り崩す必要など一切ないはずでした。
「老後はなんとかなる」と、当時は安心していたものの、娘の大学進学によって家計の状況は一変します。
都内での一人暮らしにかかる家賃や仕送り、そして高額な理系学部の授業料は、佐藤さんの想像をはるかに超える負担となりました。
さらに追い打ちをかけたのが、美咲さんの「大学院に進みたい」という希望です。研究職を目指す娘にとって、大学院進学は自然な選択。佐藤さんも「ここまで頑張ったんだから行かせてやりたい」と考え、反対する気にはなれませんでした。
実は、美咲さんの大学入学金や、4年間の高額な理系学部の授業料、そして東京での一人暮らしを始めるための初期費用などによって、大学時代だけでまず1,000万円近くの貯蓄が消え去っていました。当時は健一さんも退職直後で、いまほど夫婦で遮二無二掛け持ち労働をしていなかったことも、取り崩しに拍車をかけたのです。
美咲さんの進んだ理系博士課程では、学内での研究助手(RA)や授業助手(TA)を務めて時給制の手当を得る機会があり、国などの給付金制度に挑戦することも可能です。実際に美咲さんもそれらの業務に励んでいましたが、一日中研究室にこもる多忙な日々の合間に得られる手当は月に数万円程度に留まっていました。
まとまった額が出る給付金制度は狭き門であり、美咲さんが努力をしていても、昨今の都心における家賃や物価の高騰、さらには理系特有の学会費や専門書代といった多額の出費をすべて自力で賄いきることは不可能だったのです。
結果として、娘の東京での暮らしには毎月15万円近い不足分がどうしても生じてしまい、その差額を佐藤さん夫婦がすべて仕送りで補填せざるを得ないのが現実でした。
その結果、72歳になったいまも、佐藤さんは介護施設で働き続けています。また、妻の恵子さんも、昼はコンビニ、夜も単発バイトに出掛けるなど、年齢を押して働き続けています。
ところが、ここまでしても支出には追いつきません。通帳をみるたび、残高は確実に減り、気が付けば2,000万円を下回るほどに。
「3,000万円もあったのに……。美咲が博士号を取得するまで、この仕送りを続けるのは、もう無理かも……」
記帳された数字をみて震える恵子さんは、思わず弱音を漏らしてしまいました。それでも夫婦は、娘にだけはお金の不安を悟られまいと、健気に仕送りを振り込み続けているのです。
